飛鳥山公園の歴史散策(渋沢栄一の足跡)

再び、先日訪れた東京都北区の飛鳥山(あすかやま)公園へ戻ります。今回は、その歴史に触れてみたいと思います。

前回ご紹介した山の麓に咲き並ぶアジサイを離れ、山に登ります。

まずは、飛鳥山の頂上(?)にある石積み
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山頂モニュメントです。

雨でびしょ濡れになっていますが、良く見ると、「標高25.4M」となっています
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う~ん、低い山ですね。この石積みだけでも、40cm以上の高さがありますね。

とは言え、バカにできません。

ここ飛鳥山は非常に見晴らしの良い場所だったはず。少なくとも江戸時代は。

歌川広重『名所江戸百景』にも、「飛鳥山北の眺望」として描かれています。
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いや~、素晴らしい景観です。

当時から、飛鳥山の上は平らに拓かれた場所であったのですね。

更に、敷物の上に桜の花見を楽しんでいる人々がいますね~

前回も触れましたが、ここ飛鳥山は8代将軍、徳川吉宗が江戸庶民の為に整備した桜の名所。幕末の頃も花見スポットだったのです。

だから、こんな石碑があります。「飛鳥山碑(あすかやまのひ)」
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吉宗の将軍在任中、元文2年(1737年)に建立されたもの

石材はわざわざ吉宗の故郷の紀州から取り寄せられ、碑文には、「吉宗が花木の植樹を行い、王子権現社に寄進した経緯」などが記されているそうです。

そして、飛鳥山公園を散策していると、ちょっとだけ盛り上がった所が。
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上のベンチの裏の盛り上がりは、かつての古墳。古墳時代の円墳だそうです。

更に、少し歩くと木々の隙間から、いきなりこんな洒落た洋館が現れます。
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あの渋沢栄一ゆかりの、青淵文庫(せいえんぶんこ)です。

すなわち、ここ飛鳥山には、渋沢栄一の広大な邸宅と庭園があったのです。

「日本資本主義の父」の呼ばれる渋沢栄一。

明治12年(1879年)に、ここ飛鳥山の地に別邸を構え、明治34年(1901年)からはここを本邸として昭和6年(1931年)に亡くなるまで暮らしていました。1945年4月の空襲で、ほとんどの建物が焼失してしまったそうです。

この青淵文庫は、焼失を免れた数少ない建築。重要文化財です。
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「青淵」は、渋沢栄一の雅号。

青淵文庫の中の一部は撮影が許されています。
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当たり前なのでしょうが、上品で立派ですね。

ステンドグラスも。
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ここはもともと書庫でありましたが、接客の場としても使われたそうです。どうりで優雅な訳です。

この青淵文庫は、栄一の傘寿(80歳)子爵昇格のお祝いを兼ねて、栄一に贈られたものというのが凄い 関東大震災後の、大正14年(1925年)の完成です。

「壽」の文字をかたどったテラスの装飾がまた素敵ですね。
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手造りのタイル、非常に手が込んでいます。渋沢家の家紋、柏の葉をモチーフにしているそうです。
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更に、近くにはもう一つ洒落た建築が。
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これが、晩香蘆(ばんこうろ)と呼ばれる、洋風茶室。こちらも重要文化財

栄一の喜寿(77歳)を祝って清水組(現在の清水建設)から贈られたものとか。

誕生日のお祝いに、建築物をもらうというのが一般人の感覚のスケールを超えていますよね

それだけ渋沢栄一という人は、日本の民間の会社や事業の発展に尽くし、多くの人を裕福にさせたからなのでしょう。

近くには近代的な建築の渋沢資料館があって、渋沢栄一の生涯や功績を辿ることができます。

その入口では若き日の渋沢栄一の写真が出迎えてくれ、微笑ましい。
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この辺りは、ずっと緑の林のような場所が続きます。

かつての渋沢家の庭園。旧渋沢庭園です
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飛鳥山公園の一帯を占めるかつての渋沢家の敷地の広大さに驚かせられます

渋沢栄一は、民間の実業家でありながらその枠を超え、民間外交、政治家との付き合い、歴史書物の集積と著述、教育事業の支援、社会福祉事業など様々な活動を行った、本当に偉大な人物ですよね。
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飛鳥山公園では、その偉大な足跡に触れることができるんです。

この辺が、茶室「無心庵(むしんあん)」の跡。
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ここには、かつての主君徳川慶喜伊藤博文なども招かれたそうです。

今は、緑豊かでほのぼのとした公園ですが、そんな歴史を語る立て札(パネル)が幾つもあるんです。

また、区民の公園ですから、子供の遊び場も。
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ちょっとユニークです。

D51もあります。
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何となく、子供向けの遊び場でありながら、近代日本の産業の発展を物語るような雰囲気が漂います。

ずっと雨が降っていて子供はいませんでしたが

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最後に、飛鳥山公園の中央にある北区飛鳥山博物館のカフェでランチを食べました

それが、カボチャ・カレー
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く面白いメニューだったので、思わず注文してしまいました。

辛さと甘さが程良く交った、カボチャ・カレーの味に満足でした

帰りは歩きではなく、飛鳥山公園入口とJR王子駅前を結ぶ、あすかパークレール「アスカルゴ」に乗って下山しました。
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足が弱い方でも気軽に飛鳥山公園を登り降りできる無料の昇降施設です。ケーブルカーのようでありエレベーターのようでもあり。

飛鳥山公園は、古墳があって、江戸時代の桜の名所であって、渋沢栄一の足跡を感じる建築と庭園、更に現代の公園として近代的な博物館に子供向け施設も整い、アジサイの名所でもある。

本当に盛り沢山の公園だなと思った次第です。




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この記事へのコメント

2014年06月29日 22:22
ミクミティさん(^^)
こんばんは。
東京にはほんと見る所がたくさんありますね(^^)
知らない東京がいっぱいデス。
紹介していただきありがとうございます
>「日本資本主義の父」の呼ばれる渋沢栄一。
この人も初めて知りました(^^;)
優雅な暮らしをされる方は、それなりの努力もしてきたわけですよねェ~。
ステンドグラスも細かい模様で落ち着いた色合いですネ。
>飛鳥山公園では、その偉大な足跡に触れることができる んです。
機会があれば訪れてみたいです。
ぞうさんが台になってる滑り台、初めて見ましたョ(@@)ゆったりとした時間の流れを感じます。
HT
2014年06月29日 22:46
こんばんは。
古墳もあって歴史もあって、素敵な公園なのですねぇ。標高25.4mと云うのがちょっと可笑しくなってしまいました。
渋沢栄一がここに住んでいたのですねぇ、そんな思いで読ませていただきました。歴史って面白いものですね。何時も読ませていただいていて知らないことばかりで、へぇ~って感じで読み行ってしまいます。何時もわかり易く面白く解説してくださってありがとうございます。楽しいです。
2014年06月30日 12:31
標高が低くても展望はよかったのですね。
周りに建物がたくさん出来て、展望の環境が変わって
しまったのでしょうね。
古い洋館・・何か独特な雰囲気がありますね。
カボチャカレー・・いいですね。ポテトサラダがちょっとお得な
感じです。日本の歴史を感じる山ですね。
2014年06月30日 20:03
昔はすばらしい眺めだったのですね。
洋館、中もおしゃれです。
ステンドグラスもテラスもみな興味深く見せていただきました。
庭園とか子供さんの遊び場など家族で来られるところですね。
カレーはよかったですね。かぼちゃが入るとおいしいでしょう。
昇降施設も年配の方には便利です。
2014年06月30日 22:47
こんばんは!
飛鳥山公園には何度か行きましたが、いつも紙の博物館辺りまでしか行きませんでしたので、とても新鮮な気持ちで拝見しました。
渋沢栄一さんの若いころのお写真、微笑ましいですね。
「日本で一番短い距離のケーブルカー」と言われるアスカルゴ、乗りましたよ。
あっという間に着いてしまって、何度も乗りたくなりました。
無料というのも良いですね。
Komichi
2014年07月01日 10:23
こんにちは!
明治維新から日本の近代産業や東京女学館などの女子教育にも力を注いだ渋沢栄一の足跡あふれるこちらの公園は見どころいっぱいですね~♪
長寿だった渋沢栄一は充実した人生だったように感じます。
若き日の写真、かなりの童顔が和みます~(笑)。
2014年07月01日 11:15
青淵文庫、室内の一部が
撮影が出来るようになりましたか。
それはよかったですね。
何年か前に訪問した時は、ガイドの方に
きっぱりはっきり断られました。
渋沢家の家紋をデザインしたステンドグラスを
外から写すのは、ちょっと辛かったんですが…。
このステンドグラスを製作した工房は、
深谷の誠之堂と同じだそうです。
こんな素敵な建物を何棟も、
各方面の方たちからプレゼントされる
なんて、本当に驚きです。
渋沢栄一さんが、その昔どれだけ
敬愛されていた人物なのか分りますね。
2014年07月01日 11:34
北の方から東京を目指すと右側に見える小高い
公園ですよね。
あの辺りにたどり着くと、もう直ぐだなと
ワクワクしたものでした。
けど、そこにこんな文化財があるなんて
想像もしませんでした。
目指すは、まず上野の美術館・ブリジストン
そして三越、お決まりのコースでした。
2014年07月01日 16:46
こんにちは。
庶民の為に整備した桜の名所とはさすが名将軍吉宗公です!
東京周辺は富士山が見えて絵になっていいですね!
カボチャカレーもポテトサラダも美味しそうです。
ぞうさんの背中から滑り台は楽しそうですね。
2014年07月01日 21:11
詩音連音さん、早速のコメント有難うございます。

私も飛鳥山は初めて訪れました。東京でも知らないところばかりです。
ただ飛鳥山の歴史のエピソードや渋沢栄一の邸宅があったことは知っていたので是非いつか行ってみたいと思っていました。桜かアジサイの季節に。
渋沢栄一は、近代日本の発展に大きな貢献をした方です。日本を文明国へ導いた一人だと思いますが、それ程有名でないかもしれません。いずれお札の肖像画に使われるのでないかと思いますがどうでしょう
そんなことを考えながら、この公園で象の滑り台を見つけると心が和みました。なかなかインパクトのある滑り台ですよ。
2014年07月01日 21:17
HTさん、早速のコメント有難うございます。

いつも楽しく読んで下さって嬉しいです。記事を書く甲斐があります。
飛鳥山へ行くのが今回が初めてでしたが、ずっといつか行ってみたいと思っていました。想像通り盛りだくさん。大人が満足できる公園の一つではないでしょうか。
ここへ来るとあらためて渋沢栄一の偉大さを感じます。こいう人がいたから日本は先進国になったと思えます。
標高25.4Mというのが面白いですよね。東京で最も標高の低い山として認知されることを狙ったとのことですが、、。
少なくともあまり知られていないですよね
2014年07月01日 21:21
ゆうさん、早速のコメント有難うございます。

江戸時代までは標高が低くても周囲に比べれば高台で眺めがよかったはず。そんな時代の風景を一生懸命想像しますがちょっと難しいです
それでも浮世絵を見るとロマンを感じます
そこに重要文化財の洋館があって近代的な博物館もあります。まさかそこでカボチャ・カレーを食べるとは思いませんでした
2014年07月01日 21:29
はるるさん、いつもコメント有難うございます。

江戸時代は素晴らしい眺めだったはず。そんな時代の風景を想像してしまいます。浮世絵に描かれた様子にロマンを感じるんですよ
渋沢栄一の洋館や資料館は見応えがありました。かつての邸宅のほんの一部だと思うと余計に当時の邸宅の壮大さを感じます
子供用の遊具も洒落ていて。大人も子供楽しめる公園だと思います。カボチャ・カレーも食べられますし
2014年07月01日 21:35
うふふさん、いつもコメント有難うございます。

飛鳥山公園は山の上にもかかわらず結構広いですよね。
博物館も3つもあるのが凄いです
更にここが古墳であり、江戸時代の行楽地であり、渋沢栄一の邸宅であったこと。歴史を感じます。
渋沢栄一の若い頃の写真、ちょっと芸人のようにも見えて微笑ましいです。この人が近代日本の発展に大きく貢献するわけですから。
アスカルゴも、あっと言う間でしたが乗って楽しめました
2014年07月01日 21:53
飛鳥山公園、名前は内田康夫さんの小説の飛鳥山公園や平塚亭。そんな馴染みがありますが、旧古河庭園に行くときに素通りでした。こんど行ってみたいと思います。渋沢栄一さんの邸宅や書庫。本当に見事です。アスカルゴ、面白いです。
2014年07月01日 23:32
渋沢栄一、資本主義の父と言われるだけあって、成すことも大きいですね。
こういう方はご自分が損をしても、資材を投げ打ったりするんですよね。だからそれが徳を積むのだと思います。

私の実家近くに仏教系の幼稚園があり、そこにはコンクリートで出来た大きなゾウの滑り台がありました。
ミクミティさんの画像を拝見し、ふと思い出しています。

カボチャカレー、素朴で美味しそう☆
私、カレー大好きなんです~!
2014年07月02日 00:50
こんばんは!
広重によると、江戸時代には飛鳥山から筑波山が見えたのですね♪良い見晴らしだったのでしょうね~♪

緑に映える青淵文庫美しいです♪ソテツの鉢植えが不思議と調和してます!私が訪ねた時は、芝生に雪が残っている季節!内部の撮影もNGでした!
お写真で中の豪華さを思い出させていただきました!
ステンドグラスにしても中から観る方が素敵に決まってますよね!
アスカルゴは日本一短いケーブルカーとか?(^^)
造った方の心意気が素敵です♪
2014年07月02日 09:10
おはようございます。
とても興味深く拝見させて頂きました。
そして、細大漏らさずレポートされているのには、驚きました。(*^^)v
実は、ロボットの生誕の地であり、本籍地でもあるのです。
この地が好きですので、利便性はけっしていいとは云えないのですが本籍地を変えずに、現在も北区役所へ謄本などをとりに出向いており、その際は、必ず立ち寄っています。
区役所玄関の大きな壁画になっている広重の浮世絵「飛鳥山の花見」の存在からも、飛鳥山の歴史を感じます。
記事のコメントから離れてしまいましたが、ミクミティさんの記事にはロボットの気付かなかった点も多々あり、とても参考になりました。
2014年07月02日 21:00
komichiさん、いつもコメント有難うございます。

渋沢栄一の様々な分野での貢献は本当に驚くばかりです。今回資料館へ入ってあらためてその偉大さとエネルギーを感じました
ここ飛鳥山に壮大な邸宅を持っていたのですね~
私も歳をとってからの写真のイメージがあったので、青年時代の写真はとても新鮮でした。それが等身大(?)のパネルで立てられていたので微笑ましかったです
2014年07月02日 21:09
yasuhikoさん、いつもコメント有難うございます。

yasuhikoさんのブログでも飛鳥山を取り上げていたのを覚えています。青淵文庫の1階の閲覧室は写真撮影可でした。ですから様々な角度から撮影しましたよ。方針を変更したのかもしれませんね。
ただ、晩香蘆は内部の写真撮影が不可でした
深谷の誠之堂も益々注目されるでしょうね。良いことだと思います。
特に、渋沢栄一の功績はもっともっと日本人に広く知られていいのではないかと思います
2014年07月02日 21:14
ハッピーさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、東京の北の玄関口ですね
飛鳥山の上は開けていて、ここに渋沢栄一の邸宅があったのです
今は大人も子供も楽しめる公園になっています。
上野の美術館・ブリジストン美術館・三越は、今でも人気の場所ですね
2014年07月02日 21:19
みっちゃんさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、ここ飛鳥山を庶民の為の桜の名所として整備したのは、さすが吉宗の卓見ですね
当時は今よりもはるかに眺めがよかったと思います。
カボチャ・カレーは私のとってはちょっと冒険で。でもまずい訳はないですよね
2014年07月02日 21:24
かるきちさん、いつもコメント有難うございます。

そうですか、飛鳥山公園は内田康夫さんの小説に出てくるのですか。昔から知られた公園ですから、色々な話の舞台になったでしょうね。
桜かアジサイの時期がより華やかになると思います。
お花と歴史と建築を味わえるところですね
2014年07月02日 21:31
ハーモニーさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、渋沢栄一は私欲を肥やすためではなく常に社会や人様の為を考えて事業を行ったと思います。そのお陰で、裕福になったり生活できたり助けられた人達が沢山いたのでしょう
象の滑り台はとってもインパクトがあって印象的でした。子供には思い出に残る存在だと思います。
カボチャ・カレーは良かったですよ
2014年07月02日 21:38
sasapandaさん、コメント本当に有難うございます。

そうですね、飛鳥山から見える筑波山が描かれていますね。おそらく今も見えるのではないかと思いますが、この日は雨で見晴らしは全く期待できませんでした
青淵文庫の中でちょうど雨宿りができました。本も置いてあって椅子に座ってしばらく読んでいました。もちろん、写真撮影も。
一方で晩香蘆は撮影不可でした
アスカルゴはやっぱり乗りたくなりますね。確かに和みました。倍賞千恵子さんのナレーションが流れていました
2014年07月02日 21:39
渋沢栄一のことは詳しく知りませんでした。
青淵文庫当然のことながらすばらしい建物ですね。一部でも撮影が許可されていておかげですばらしさを感じさせていただくことができます。晩香廬という洋風茶室もすっきりとした感じの良い建物ですね。
ここが区民の公園になっていて遊具などあるのもいいですね。アスカルゴ、かわいい乗り物ですね。飛鳥山とエスカルゴがドッキングした名前でしょうか。
2014年07月02日 21:43
ロボットさん、いつもコメント有難うございます。

この辺りはロボットさんの生誕地でしたか
素晴らしい所でお生まれになったのですね。思い入れがあるのも分かります。
私など初めて出かけて何も知らず恥ずかしいばかりです
ただかなり前から訪れたいと思っていました。
江戸時代からの行楽地、広重などの浮世絵が残っていると本当に当時の風景を想像できますよね。地元の方にとっては誇りだと思います
素晴らしいです。
2014年07月02日 21:49
ポン太さん、いつもコメント有難うございます。

青淵文庫や晩香廬はもちろん素敵な建築なのですが、それが大邸宅のほんの一部であり、更に人から贈られたものというのが凄いと思います
渋沢栄一は自分の利益よりまずは社会や人様の利益や生活向上を意識していたのだと思います
博物館が3つもあって大人も子供の楽しめる公園です。
山の上なのでアスカルゴがあるのも人気かもしれません。
名前の由来はその通りではないでしょうか
2014年07月03日 08:29
渋沢栄一の資料館や庭園があるのですか。
渋沢栄一、名前こそは知っていますが、どんな人?、さっぱり知りませんでした。一言でいえば「日本資本主義の父」ですか、ちょっと勉強になりました。
庭園を見て思うこと、私の郷里に書家で大池晴嵐という人がいます。その庭が雰囲気がよく似ているので一芸に秀でた人が愛する庭に共通点があるように思いました。
2014年07月03日 11:15
こんにちは

確かに日本を動かしてきた
中心人物
次代の人は
その夢を引き継いでいるのだろうか
2014年07月03日 15:49
こんにちは。
実は私は子供の頃、王子の近くに住んでいて、度々飛鳥山を訪れていたのですが、灯台元暗しで、渋沢栄一は勿論、他の事柄も全く知らず、単なる公園として遊んでいました。ミクミティさんの紹介により改めて飛鳥山の歴史、素晴らしさを知った様な次第です。ありがとうございました。
2014年07月03日 19:29
こんばんは。
山全体が個人所有だったのですか。
単純にすごーいと思ってしまいます。
今だって富豪はいるはずですがどうしてるのでしょうね。

元大名屋敷といいまとまった敷地は何かいわれがありそうです、
2014年07月03日 22:08
茜雲さん、いつもコメント有難うございます。

渋沢栄一は偉大な人だと思いますが、派手さはなかったのかとも思います。でも地道に数多くの事業を精力的にこなしてきたという印象を持っています。ビジネスだけでなく外交や福祉や教育や文化まで、凄いなと思います
よくぞこのような人が日本にいてくれたと
大きな庭園と数々の建物。本当に壮大な邸宅だったと思います。純和風の庭園を好んだのでしょうね
2014年07月03日 22:13
無門さん、いつもコメント有難うございます。

明治維新後に日本が経済・文化的に発展する過程で、渋沢栄一の貢献は計り知れませんでしょう。本当に数多くの事業で活躍されていますよね。本当に信じられないくらいです
「その夢を引き継いでいるのだろうか」私は引き継がれてきたと思いますが。
2014年07月03日 22:17
毎日日曜人さん、いつもコメント有難うございます。

子供の頃、飛鳥山で遊ばれていたのですか それはそれは。今とその頃と結構違うと思います。久しぶりに訪れるとびっくりすると思いますよ。もちろん、面影も残っているでしょうが
そんな方に私の拙い記事に喜んで頂き嬉しいです。私は今回は初めて飛鳥山を訪れたので。
2014年07月03日 22:22
tamiさん、いつもコメント有難うございます。

山の上のほとんどの敷地と言った方がいいかもしれません。それにしても凄いです
渋沢栄一は、私利私欲ではなく常に社会の発展や人々の生活向上を目指したと思います。それでも、これだけ壮大な邸宅を残せたわけですから、本当に想像を絶します
確かに東京のまとまった敷地は、何か特別な由来がある場合が多いですね。正直、そういうところに私は行きたくなるのですが
2014年07月05日 08:32
ココはなんとしても行きたい!
主君:慶喜公の名誉回復のために尽力した渋沢栄一氏の足跡は、その息吹が感じられるところでないとダメだとどこかで思っていたから。
元々攘夷派だったと聞きますが、慶喜公に仕え 外国へ見聞しに行ったからこその"日本の資本主義の父"なのですから。
それだけではなく古墳もあると聞くと尚のこと!
2014年07月05日 15:45
おーちゃんさん、いつもコメント有難うございます。
そうですね、渋沢栄一の生涯は激動ですね。幕末から昭和まで。旧主君である徳川慶喜をずっと敬愛していたはずですね。経済や実業面だけでなく歴史のとりまとめという意味でも大きな功績があったと思います
青淵文庫はもともと「徳川慶喜公伝」を執筆するための資料を保管する場所だったそうです。ただ実際はその膨大な資料も青淵文庫が完成する直前の関東大震災で焼失してしまったそうです。本当に惜しいですよね。
また、徳川慶喜自身も飛鳥山の渋沢栄一邸を訪れています
そんなエピソードが残る飛鳥山公園、是非いつか訪ねてみて下さい。
2014年07月06日 13:52
お越し下されありがとうございました。
いつもは、もっともっと素敵ですよ!
浩史さん、少しくずして歌われていたかな~
名を知られるには仕方ありませんね。
2014年07月06日 13:58
ハッピーさん、またまたコメント有難うございます。

レジェンドさん、名前を覚えましたよ。
素敵なボーカルグループですね。ひいきのグループが紅白へ出場すると嬉しいでしょうね。是非そうなるようにお祈りしております。

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