浜松の散歩道から古戦場へ

こちらは浜松駅。駅舎の近くにはお洒落な高層ビルがそびえます。カッコイイですよね~。

今では浜松の新しいシンボルのような存在ではないでしょうか
画像

アクトシティ浜松「アクトタワー」。平成6年(1994年)完成の45階建て。ホテルオークラ直営ホテルも入る、複合商業施設。もう20年近く経つのですね。堂々たる存在感です。

でも、今回はこういうお洒落な施設ではなく、ちょっと地味なところを廻ります

まず、私が訪れたのが遠州鉄道の遠州病院前駅のすぐ近く。

ここには、2代将徳川軍秀忠公誕生の井戸があります。
画像


こちらがその井戸。
画像


浜松城からは少し離れていますが、この辺りには徳川家の下屋敷があり、家康の側室の西郷の局がここで秀忠公を出産したとのこと。家康の三男の秀忠。天正7年(1579年)の誕生時、まさか将来家康の跡を継ぎ将軍になるなんて思いもしなかったでしょうね。

そんな場所が、今では浜松の「家康の散歩道」の出発点。家康ゆかりの地を巡る散策コースがあるのです。
画像

このようなキレイな地図が各所にあって、歴史散策ができるのです。

2番目のポイントが、椿姫観音(つばきひめかんのん)
画像


浜松が、引馬(ひきま)と呼ばれていたころの最後の引馬城主お田鶴(たづ)の方の最期の地。攻め寄せる家康軍相手に侍女達と一緒に戦い果てたとのこと。家康や築山御前から椿の木を植えて供養されたそうです。その後、お田鶴の方は椿姫と呼ばれ、この地に観音様が祀られたそうです。

一つ一つの史跡に深い歴史があるのですね。ぬ

第3のポイントが、元城町(もとしろちょう)東照宮。もちろん、家康公を祭っています。
画像


ここは、浜松城からは道をはさんだ向かい側の高台。浜松城の前身、まさに引馬城があった跡だそうです。

今では、こんな幟が建っています。「出世の街 浜松」
画像

いや~、あやかりたいです

「家康の散歩道」の4番目のポイントは、前回ご紹介した「浜松城」なんです。

さすが、浜松。それぞれの史跡への道案内がきれいに整備されています。

浜松城から更に西へと歩いて行くと、こんなトンネルにぶつかります。
画像

小さくて可愛らしいトンネル。亀山トンネルといいます。

中に入って撮影してみました。トンネルの先には、「待ってられない」と私の妻が去っていきます
画像

なんとなくお洒落な空間。

実は、このトンネル、かつては鉄道、いやその昔は蒸気機関車が走っていたのです。

地区のパネルの説明からそれが分かります。
画像

この路線は、遠州鉄道奥山線軽便鉄道(けいべんてつどう)という小型・軽量の鉄道だったのですね。

だから、トンネルも小さめ。煙突の形がラッキョウに似ている軽便鉄道ということで、「ラッキョウ軽便」という愛称で呼ばれていたそうです。

昭和39年(1964年)に廃線となったのですね。

この亀山トンネルを抜けると、キレイに整備された遊歩道になっていて、気分良く散歩できます
画像

この遊歩道には、鉄道をイメージした装飾が随所にあって、、。
画像

とっても、粋な感じがしました

ここはかつて、駅だったところ(広沢駅)。
画像

こういうレリーフを見て、たまらなく懐かしく感じる方がおられるでしょうね。

こんな装飾にも、目を惹かれます。
画像


そんな遊歩道を15分ほど歩くと、道沿いにある高校が現れました。
画像

静岡県立浜松北高校。「あ~、ここなんだ。」

私の会社の元上司、部下、大学の先輩。なぜか、この高校出身の人が結構いるのです。だから、思わず校門と校舎を撮影

この浜松北高校のすぐ近くに、また史跡があるんです。もちろん、「家康の散歩道」の一部です。

犀ヶ崖(さいががけ)公園
画像


いやいやただの公園ではありません。中に、犀ヶ崖資料館があって。つまり、ここはかつての古戦場
画像

元亀3年(1573年)、徳川家康武田信玄の軍勢に大敗を喫したのが三方が原の合戦

その三方が原の合戦で、逃げる徳川軍のしんがりを務め、討ち死にしたの本多肥後守忠真(ほんだ ひごのかみ ただざね)。そんな忠真への顕彰碑が建っています。
画像

この碑の題字は、徳川家16代当主の徳川家達(いえさと)によって書かれたもの。つまり、本多忠真は、ずっと後の明治の世になってからも、徳川家の子孫から感謝され続けたわけですね。

もう一つ、家康の身代わりとなって、家康の馬に乗り家康の兜を被って戦死した夏目次郎左衛門吉信(なつめ よしのぶ)の碑があります。
画像


まさに家康の命の恩人。そして、なんと夏目漱石のご先祖様でもあるのです

更に、ここは犀ヶ崖(さいががけ)。つまり崖(がけ)です。
画像

敗戦の夜、何とか武田軍に一矢を報いたかった家康が、野営してた武田軍を挑発しこの崖へおびき寄せ、多数の武田軍を落とし反撃を加えたという場所。ですから、犀ヶ崖古戦場なんです。

両軍の死者を慰霊するための遠州大念仏の道場が、今では犀ヶ崖資料館となっています。ここでは、遠州大念仏や三方原の戦いに関する展示やビデオが無料で見学できます。
画像

さて、浜松の古戦場を見て、途中ですが「家康の散歩道」を離れました。続きはこちらで、http://www.hamamatsu-navi.jp/shiro/stroll/


最後に、もう一つ行きたかった所があって、、。

三方が原の合戦の地

正直、武田信玄の3万の大軍が押し寄せた場所として、犀ヶ崖は市街地でイメージがちょっと違います。

やっぱり、武田・徳川双方の大軍が相対した場所は、平原であったはず。

そんな場所を訪ねるには、浜松市の中心から車で20分ほど北上しなくてはなりません。


ここは、三方が原墓園。今は、浜松市の霊園です。
画像


そこに霊園の一角に、こんな石碑があるのです。
画像

三方が原古戦場。石碑の字は、現在の徳川家18代当主、徳川 恒孝(とくがわ つねなり)さんの筆。

やはり、三方が原の合戦の地は現代の徳川家の方々にとっても、歴史上重要な場所なんでしょうね。

この三方が原墓苑の前の道路から北を眺めると、このような畑が広がっていて。
画像

ああ、向こうの山の方から、武田軍はやってきたんだなと感じさせる場所でした。

もちろん、普通の人にとってはただの交差点です




ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 148

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい かわいい

この記事へのコメント

HT
2013年06月02日 00:59
こんばんは。
ジックリと読ませていただきました。浜松は私が以前勤めていた会社の上司二人が浜松支社に勤務していたことから、何となく身近に感じていました。その上司二人とも松本出身の人でした。不思議な繋がりを感じていたものでした。
家康の散歩道と言うのですか。綺麗に整備されているのですね。流石と言う感じです。古戦場跡も山が向こうにあっていかにも古戦場ですよね。先日川中島の古戦場を見てきましたがこんな感じでした。川中島も武田軍ですから、武田も広範囲に頑張っていたものですよね。
2013年06月02日 07:07
お早うがざいます。
何処の駅前の景色が綺麗になりましたね。
便利なれど地方独特の特色がなくなり、すこし楽しさがうすれました。
それに比べ、歴史の中は益々新鮮で何処までも進んで行きたくなりそこに立つだけでもそんな景色が見えてしまう不思議。大勢の歓声や殺気までも感じる瞬間に・・・。
そんな事を拝見しながら楽しい時間でした。
いやいや 沢山歩かれご苦労様でした。
有り難う。
2013年06月02日 07:23
じっくりと、読まさせて頂きました。
あの場所、この場所からの写真だ~。
そんな思いで読みました。
内容の濃さに、改めて驚いています。ここまでの内容となれば
それなりの時間も労力も必要です。はじめて知ったこともありました。素晴らしい~。
2013年06月02日 10:25
HTさん、早速のコメント有難うございます。

私も浜松ゆかりの知り合いの方が結構多いです。自分でそれ程足を運んだことがある訳ではありませんが、身近なイメージを持っています。
家康の散歩道、今回は完全制覇してないので次回に持ち越しです。やはり妻と一緒だと厳しい部分があって。古戦場で歴史に思いを馳せ満足できるのは、本当に歴史好きなんだと思います。確かに武田軍、強かったのでしょうね。
2013年06月02日 10:31
baisaさん、早速のコメント有難うございます。

浜松の散策で、現代の姿と歴史に思いを馳せ散策しました。幸い、「家康の散歩道」は充実していて楽しく廻れます
かつての戦場に立つと色々と想像してしまいますね。ちょうど440年前のことなんです。今は風景と石碑を見て感じるだけなんですが。
歩きと自動車を駆使しました
2013年06月02日 10:34
ゆうさん、早速のコメント有難うございます。

私の浜松巡り、いかがだったでしょうか。ほんの一部だと思いますが、浜松の歴史を堪能できました
妻の親戚がいるのでまた訪れる機会があると思います。
中身の濃さなんて褒めて頂くと大変嬉しいです。私も歩いてパネルや資料を読んで知ったことばかりです。
2013年06月02日 11:51
浜松はあまり縁がなく、ましてやご紹介いただいたような歴史は想像もできませんでした。いい勉強になりました。
私の浜松の思い出二つ。
甥っ子が浜松で結婚式を挙げ、その時に行ったのが最初。少し早めに行き、木下惠介記念館で時間つぶしをしました。
浜松の凧揚げ合戦を撮影に出かけました。
激闘を鼓舞するラッパの音…今でも耳の奥から聴こえてきます。招き猫の手のように手を振って行進する姿も目に浮かんできます。
2013年06月02日 14:18
確かに浜松は出世の街って言われても納得せざるを得ませんね。大器晩成の街でも良いかも(笑)
それから歩いて行ける範囲に歴史を感じる場所が点在してるんですね。ゆっくり歩いて歴史に浸るのは良いでしょうね
しかしカワイイトンネルに蒸気機関車が走っていたんですね。ビックリしました
2013年06月02日 16:14
こんにちは

家康ただ一度の敗戦
この時の弱った顔を
描かせてその後の
自身の反省材料にした
歴史の転換点だったかもしれないね

2013年06月02日 16:35
こんにちは!
浜松の歴史にはこんな深いものがあったのですね。
徳川家300年の原点が浜松でしたか。
ミクミティさんは本当に歴史にお詳しいのですね。
ヤマハの方ばかり気をとられていたのが恥ずかしくなります。
もう一度↑からしっかりと拝見いたします。
2013年06月02日 16:52
浜松も奥が深いですね~♪
徳川ゆかりの地、ミクミティさんのていねいな解説を読んでいると歴史音痴の私でも思わず歴史の内側に入って行くような気がします~♪
鉄道跡も素敵ですね。。
2013年06月02日 17:10
今日は。
今日偶然に武田信玄の顔が書かれた書状2通が鑑定されて
説明に三方が原の合戦が語られていましたので。
改めて拝見しながら納得させていただいています。
>鉄道をイメージした装飾が随所に…
とても好く整備されて好い発案ですね。
ラッキョウ軽便…初めて知りました。
2013年06月02日 19:47
こんばんは。
亀山トンネルを抜けると素敵な遊歩道ですね!!
浜松というとピアノ、ウナギ、うなぎパイが有名ですが徳川家に縁の深い所とは恥ずかしながら知りませんでした。
機関車が登って行く姿がとても可愛いですね!
徳川家は15代までかと思っていました。
普通の人にとってはただの交差点でもミクミティさんのように歴史にお詳しいと昔が偲ばれますね。
2013年06月02日 20:06
こんばんは。
今回も素晴らしい記事ですね、浜松駅から始まり秀忠誕生の井戸へそこから始まる「家康の散歩道」を巡り巡って徳川と武田が壮絶な戦いを繰り広げた古戦場へ、興味深く拝見しました。嘗ての古戦場も今は長閑な田園、やはり平和は良いですね。
2013年06月02日 20:39
三方ケ原の合戦の地も昔は野原だったのでしょうね。
この戦いで家康公は馬上で脱糞をしながら命からがら逃げて帰ってきたことでしょうから、天下をとった後も徳川宗家が感謝したことには納得がいきますね。。。
2013年06月02日 21:05
こんばんは。
秀忠公はどうして跡目を継ぐことになったのでしょうね。
多くの知識の中から浜松にまつわる歴史と人物がリンクしてくる歴史好きの醍醐味を感じます。
私は今日も山歩きで登山道の道端に咲く花を友人たちにあぁだこーだと説明したのですがミクミティさんから歴史の街をガイドしてもらいたいものだとつい思ってしまいます。
2013年06月02日 21:34
いつもながらみくみティさんの説明を読んで写真を見ていると一緒に散歩している気持ちになりました。私たちにとってはなんの変哲もない交差点の場所がそんな歴史的場所だなんて。考えるととても面白いです。隠れた名所ですね。
2013年06月02日 21:38
茜雲さん、いつもコメント有難うございます。

私も浜松にこんな歴史の散歩道があるなんて知りませんでした。それぞれの史跡に深い歴史があって興味深かったです。
ゴールデンウィークの浜松と言えば、「浜松まつり」ですよね。豪快な凧揚げで有名。いい思い出がおありなようで。
でも凄い人と聞き、私はこのタイミングを避けました。ゆっくりと史跡と古戦場を散策したかったんです
2013年06月02日 21:38
じっくり読ませていただきました。家康の散歩道、一つの散策コースとして回れるようになっているのですね。
知らないことがいっぱいありました。夏目漱石の先祖が家康の命の恩人だったとは、、。
三方が原の合戦の血が今墓園になっているのですね。
現在の徳川家の当主に撮っても思いの深い重要な場所なのですね。
いつもながらミクミティさんの詳しい歴史考察には感心させられ良い勉強をさせてもらっています
2013年06月02日 21:42
ジャカランダさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、家康の散歩道は歩いて行ける史跡を順番に廻っていく趣向です。キレイな地図と説明書きがあるので、それぞれの史跡に興味が湧きます。そんな中に鉄道の跡があって思わぬ発見に嬉しかったです
三方が原墓園だけは、車で行きました。ここはかなり郊外でした。
2013年06月02日 21:51
無門さん、いつもコメント有難うございます。

そうです、三方が原の戦いの直後、家康は自分の惨めな姿を絵師に描かせたという「しかみ像」は有名ですよね
やはりこの絵があるから三方が原は後世まで語り継がれたのだと思います。
確かに、家康にとっても大きな転換点だったのでしょう。そして、そのすぐ後に信玄が死んでしまうなんて。これも歴史の巡り合わせですよね。
2013年06月02日 21:55
うふふさん、いつもコメント有難うございます。

浜松の歴史を辿ってみたかったのです。家康の散歩道のお陰で効率的に浜松の史跡を回ることができます。それぞれキレイな地図や説明書きがあるので興味が湧きます。
私も初めて知ることがかなりありました。
しっかりと読んで頂き嬉しいです
2013年06月02日 22:00
komichiさん、いつもコメント有難うございます。

家康の散歩道のお陰で、浜松の史跡を非常に興味深く見学することができました。まさかかつての鉄道の跡にまで遭遇するとは
キレイに整備されていて、歩くのが楽しかったです
2013年06月02日 22:07
やろいさん、いつもコメント有難うございます。

武田信玄のもう少し長生きをしていたら、、。なんて歴史の「もし」を考えてしまうことがあります。三方が原の戦いは、戦国時代の一つの転換点ですよね
現代の徳川家の方々も大事な歴史的な場所と考えておられるようですし。
家康の散歩道の一部がかつてに鉄道の路線跡であることに驚くと同時に、その粋な装飾に気分が良くなりました
2013年06月02日 22:15
みっちゃんさん、いつもコメント有難うございます。

浜松は家康が大大名へと出世していった場所。それが地元の方々の自慢なんじゃないでしょうか。その後も浜松から全国・いや世界に羽ばたかれた方々が続いていったわけですから
徳川将軍は、15代までですが、その後も徳川宗家は続いていて現在の恒孝さんが18代なんですよね。
石碑はご先祖様が危機一髪で助かった地に建っているんですよね。440年前、確かにこで戦いがあったのです
2013年06月02日 22:23
毎日日曜人さん、いつもコメント有難うございます。

素晴らしい記事なんて言って頂けると嬉しいです。現在の近代的な浜松駅。そして郊外の古戦場。ここで440年前に大きな戦があったなんて、ちょっと想像するのは難しいです
石碑や説明書きで昔の様子へ思いを馳せました。三方が原合戦の地は、畑と住宅のある普通の郊外の風景でした。どこにでもあるような平和な風景です
2013年06月02日 22:55
Tomoさん、久しぶりのコメント有難うございます。

そうですよね、三方が原の戦い後の家康のエピソードはあまりに有名。本当に九死に一生を得た場所だったのでしょう。だからこそ、私も訪れたくなって。
そこに現代の徳川家の方々の筆による石碑があると感慨深いものを感じました
2013年06月03日 00:18
家康の散歩道。徳川家の
歴史を身近に感じる事の出来る
素敵な散歩道ですね。その散歩道でも、
江戸の史跡ではありませんが、
可愛い煉瓦のトンネルに目を奪われました。
軽便鉄道がここを通ったのかと思うと
何だかワクワクします。奥様の
遠ざかる姿は、もしかしてヤラセでは?
2013年06月03日 13:57
こんにちは

浜松には慰安旅行で訪れた事があるのですが、こんなにも魅力的な処だったのですね(*^_^*)レンガ造りのトンネルは蒸気機関車が橋っていたなんて驚きです。椿姫のお話にもジーンときましたょ。
かつて駅だった遊歩道は今はアートの空間ですね、浜松の人が浜松を大切に思っている事が伝わってきました。
次回は家族旅行で訪れたい場所です♪
2013年06月03日 21:38
tamiさん、いつもコメント有難うございます。

三男の秀忠が家康の跡取りになったのは、まず長男の信康が信長の命令で自害、次男の秀康は秀吉の人質となりその後結城家の養子になったから、というのが一般的な理由です。本当のことは分からないですけど。
歴史は好きですかガイドなんてまだまだ。今回も浜松に来て知ったことも多かったです。やっぱり現地で知りうる情報って貴重ですね
私も山でtamiさんに案内してもらいたいと思うことがありますよ
2013年06月03日 21:42
かるきちさん、いつもコメント有難うございます。

臨場感を持って読んで頂き嬉しいです。記事を書いた甲斐があったというものです。実際は、浜松のていねいな説明書きパネルのお陰なのですが。
かつての戦場の畑と交差点。本当に普通の郊外の風景です。ここで写真を撮っているとちょっと変な人だと思われたでしょうね
2013年06月03日 21:48
ポン太さん、いつもコメント有難うございます。

いやいや恥ずかしい限りです。じっくり読んで頂き光栄です。確かに、三方が原の合戦の地が現在墓園になっているのは何か繋がりがあるような気がしてしまいます
今は畑が広がり幹線道路が走る、普通の郊外の風景です。
そんな所にある石碑に重みも感じます。現在の徳川家の当主の字が彫りこまれて、、。
やっぱり現地に行って感じるものがありますね。
2013年06月03日 21:53
yasuhikoさん、いつもコメント有難うございます。

そうなんです、家康の散歩道がかつての鉄道の跡だなんてちょっと驚きでした。おまけに鉄道を意識した洒落た装飾が存在感を放っていました
妻も一緒に歩いてくれました。でもやっぱりペースが合わなくて。こればかりはしょうがないですよね。決して「やらせ」ではないですよ。実は他の写真にも妻が写っています
2013年06月03日 21:57
だるまさん、コメント本当に有難うございます。

しっかりと読んで頂き嬉しいです。私も家康の散歩道で歴史の散策だけでなく鉄道の跡にも出会えて満足でした
鉄道をイメージした装飾が洒落ていました。この遊歩道、歩くのが楽しかったです。説明のパネルもきれいで読みやすくてGoodです。
2013年06月03日 22:25
お久しぶりです。
いやぁ、引き込まれちゃいました~。筆がさえてますね!本当に面白かったです。
私も武田信玄がもう少し長生きしていたら・・・なんて考えたことがありますね。
浜松はあまりご縁がなくて通り過ぎるだけでしたけど・・・勉強になりました♪
2013年06月03日 22:25
へー って感じで見たし、全部しっかり
読ませて頂きました。
近くにいても知らないことも多いし、
良くご存知でびっくりです。
浜松北高は秀才で有名な学校なんですよ。
その先輩や後輩、ミクミテイーさんもさぞかし、
そしてかつての会社もね。・・・
また、これを参考に訪ねてみたいと思いました。
2013年06月04日 07:31
今でも歴史の跡が、思わぬところに残ってる
静岡ですね。
秀忠さんの辺りはよく暗記したものでしたが、
忘れました。
徳川 恒孝さんて教わったことないな?
と思ったら、当主さまだったのですね。
子供が小さい頃2年程静岡にいましたが、
学校の先生も立派でした。
2013年06月04日 20:59
黎明さん、久しぶりのコメント有難うございます。

私の記事で楽しんで頂き嬉しいです。お陰様で浜松の歴史散歩と古戦場まわりを堪能できました。やっぱり実際に出かけると発見があるものです
最近は説明書きのパネルや石碑が整備されていてじっくりと思いを馳せることができますよ
2013年06月04日 21:14
山ちゃんさん、いつもコメント有難うございます。

浜松の方に記事を褒めてもらうと本当に嬉しいです。私も説明書きのパネルなどを見ながらまとめました
浜松北高校はやっぱり優秀な学校なのでしょうね。あらためてそう思います。
家康の散歩道は本当によく整備されていて驚きました。最近のことだと思いますよ
2013年06月04日 21:25
ハッピーさん、いつもコメント有難うございます。

浜松に徳川家康は17年間居城をかまえたわけです。だから様々な家康の足跡があるのですね。そんな史跡を効率的に見るのが家康の散歩道 更に古戦場には現代の徳川家の方々の筆になる石碑があって歴史のロマンを感じます
学校の先生も立派でしたか。
2013年06月05日 11:07
日本史が苦手だったわたくしめ。
ミクミティさんのわかりやすい説明で、少しお利口になったような気がします。

亀山トンネルの遊歩道、素敵なところですね。
浜松にもこんな所があるなんて、知りませんでした~。

浜松に住む友人も当時、浜北高校に在学してたようです。
県下ではトップ校のようですね☆
2013年06月05日 21:23
ハーモニーさん、コメント本当に有難うございます。

わかりやすい説明と言って頂けると嬉しいです。私も自分で記事を書きながら覚えたり感じたりしてます。
亀山トンネルの遊歩道、とってもいい雰囲気でした。歩くのが楽しくなる感じで
その遊歩道の沿って歩いていると浜北高校の前に出るんですよね。浜北高校出身の方は、各地で活躍されているのでしょうね。
みんな賢そうな(?)高校生でした
indiqueindisy
2013年12月05日 00:12
知ることが困難な場合は、鏡の前で練習の恩恵を受けることができ プラダ 長財布 90% 究と実証?の影響についてはあまり 他の人々に、どのように彼ら シチズン アテッサ と非信念を裁判所ファイリングによって、です。 このプロセスを タグホイヤー 罰金と懲役5年の最高刑を運ぶ第3回程度の重罪、で起訴されてい バーバリー それは?じゃない言葉の慰め、それ?真実。 それはどのように可 モンクレール メンズ ロのイスマーイール派代表団の会議に召喚。 カウントイブラヒム成します。

しかし、離婚を停止するには、あなたの結婚

この記事へのトラックバック