和の趣たっぷりの金谷侍屋敷が金谷ホテル歴史館になって

8月の日光を巡る旅、ようやく最後のレポートなります。(既に11月になってしまいましたが。)

日光田母沢御用邸(にっこうたもざわごようてい)記念公園から国道120号線を渡ったはす向かいには、こんな歴史的な場所があります。
金谷ホテル歴史館1.jpg
冠木門(かぶきもん)の向こうには、いかにも趣ある和風建築が見えました。

雨がしとしとと降る中、こちらに訪れました。

金谷侍屋敷(かなやさむらいやしき)と言われる江戸時代の武家屋敷です。こちらは日光山内にほど近い場所。

かつて日光東照宮の雅楽師(ががくし)の家系であった金谷(かなや)家が拝領していたそうです。

この2階建ての立派な武家屋敷はそれだけで文化財であるのですが、明治に入って新たな役割を担ったことで現在、貴重な歴史的な存在となっています。
金谷ホテル歴史館2.jpg
明治6年(1873年)、金谷家の当主で雅楽の笙(しょう)の奏者であった金谷善一郎(かなや ぜんいちろう)が、この自宅を外国人専用の宿として開業したのだそうです。

それも、ヘボン式ローマ字で有名な、米国人宣教師ヘボン博士が日光を訪れた時に、開業を勧められたことがきっかけだったとか。

伝統文化の家系に生まれながら、非常に開明的・社交的でありベンチャー精神旺盛でもあったことに驚かせられます。
金谷ホテル歴史館2-1.jpg
その時の宿の名前が、「金谷カテッジイン」。つまり、Cottage Innのこと。現代だったら、コテージ・インというでしょうね。

ちょっと時代を感じてしまいます。

ただ、この外国人をターゲットにした宿が、「サムライ・ハウス」として外国人の間で有名になっていったそうです。
金谷ホテル歴史館3-1.jpg
その評判を決定づけたのは、英国人旅行家イザベラ・バードが、その著書「Unbeaten Tracks in Japan(日本奥地紀行)」で紹介したこと。

彼女は、明治11年(1878年)に「金谷カテッジイン」に12日間宿泊し、この屋敷の清潔さやおもてなしの素晴らしさを綴ったのです。
金谷ホテル歴史館3-2.jpg
金谷善一郎は、この「金谷カテッジイン」の創業から20年後の明治26年(1893年)に、現在「日光金谷ホテル」が建つ場所に本格的な西洋式のホテルを開業したのです。

こうして、この武家屋敷が、日本初の西洋式リゾートホテル「日光金谷ホテル」創業の地として歴史に刻まれたのですね。
金谷ホテル歴史館9.jpg
更に、この金谷侍屋敷は隣接する資料展示室とともに、金谷ホテル歴史館として平成27年(2015年)から一般公開されるようになったのです。そういう意味では、まだまだ新しい歴史名所でもありますね。

私としては、日光の歴史の一頁としてこちらも是非訪れてみたかったのです。

さて、それではこの侍屋敷の中にも入ってみましょう。

それはこちらから。
金谷ホテル歴史館10.jpg
侍屋敷の右側の敷地にある、金谷ホテル歴史館ベーカリー&レストランです。

こちらのレストランのレジでコインをもらい、奥の歴史館へ入館します。

妻は、ここでコーヒーブレイク。

私は、資料展示室を通って侍屋敷の中に入りました。

最初は、台所。
金谷ホテル歴史館7-1.jpg
4連のかまどがありました。

そのすぐ先には、囲炉裏の間があって、当時の生活の様子をぐっと感じます。
金谷ホテル歴史館7.jpg
2階が宿泊用の部屋になっています。

今では普通の和風旅館という感じもしますが、明治の初めに外国人を泊めたということは、画期的なことだったと思います。
金谷ホテル歴史館8-1.jpg
確かに、清潔感を感じます。

こんな純和風の寝殿造りの伝統的なお部屋が、外国人を和ごませことでしょう。
金谷ホテル歴史館8.jpg
廊下を通って、幾つかの部屋を見学しました。

撮影のできない部屋もありました。

そして、1階には、休憩スペースもあって、抹茶を飲むこともできます。
金谷ホテル歴史館8-2.jpg
それから、雨が降ってはいたのですが、庭にも出てみました。

池があります。
金谷ホテル歴史館5-1.jpg
この池のことをイザベラ・バードも「日本奥地紀行」の中で触れています。

「音楽的な静けさには、本当に心洗われる」と書いているそうです。

こんな、つくばいの音も、その音楽的な静けさに一役買ったのかもしれません。
金谷ホテル歴史館5.jpg
音と言えば、ししおどしもありました。

こちらも印象的に感じたかもしれません。
金谷ホテル歴史館17.jpg
いずれも和の風情を感じますね。

雨音だけを感じる、静かでしっとりした空間でした。

8月でしたが、池のほとりのガクアジサイの姿に味わいを感じました。
金谷ホテル歴史館4.jpg
やはり、雨降りに似合う花だと思いました。



最後に、日光で出会ったガクアジサイに似た花をご紹介します。

8月の日光山内で、数多くこういう花を見かけました。最初はガクアジサイだと思っていました。
金谷ホテル歴史館14.jpg
でも、ちょっと今まで見たガクアジサイとは違うような、、。

咲き始め花を見ると、こんなふうに玉のような蕾がはじけるように咲くのです。
金谷ホテル歴史館13.jpg
タマアジサイという種類なのですね。恥ずかしながら、最近知りました。

普通のガクアジサイより遅咲きなのですね。だから、8月にこんなに咲いていたのかと納得した次第です。

更に雨も激しくなってきたので、今回たっぷり満喫した日光を後にすることにしました。


 
<真夏の「日光の旅」シリーズ>
もしよろしかったら、こちらもご覧ください。
①日光の明智平と半月山の展望台からの眺望 ⇒ こちら
②日光の英国&イタリア大使館別荘記念公園 ⇒ こちら
③中禅寺湖畔から大谷川と華厳ノ滝への散歩 ⇒ こちら
④日光二荒山神社中宮祠と中禅寺立木観音 ⇒ こちら
⑤奥日光の戦場ヶ原・湯滝・湯ノ湖の風景 ⇒ こちら
⑥神橋の周辺と日光金谷ホテル ⇒ こちら
⑦まだまだ新しく見える日光東照宮の建築群 ⇒ こちら
⑧豪華な日光廟大猷院の素晴らしさ ⇒ こちら
⑨日光二荒山神社と日光山輪王寺を回って ⇒ こちら
⑩日光田母沢御用邸記念公園の見学 ⇒ こちら
⑪金谷ホテル歴史館(金谷侍屋敷)と庭園 ⇒ こちら


Nikko Kanaya Hotel History House, Nikko, Tochigi, Japan

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この記事へのコメント

2019年11月03日 22:21
こんばんは!
金谷侍屋敷、すばらしい建物ですね!
こちらが金谷ホテルの前身となるのですね~☆
その時代に、こちらの建物を外国人に宿泊させる
勇気が金谷善一郎氏にあったことも凄いこと。
ミクミティさんの日光案内、もう永久保存して
自分の旅の参考にさせていただきます~☆

玉紫陽花、はこちらではたくさん自生していて
ちょっと地味ですけど、真夏の暑い最中に咲いてくれる
夏の植物で、我が家にも咲きます~☆
私もこちらに来てから知りました~(笑)。
2019年11月03日 22:57
 金谷侍屋敷は金谷ホテルのルーツなんですね。雅楽師の家系。東照宮にも雅楽師が居たとは知りませんでした。雅楽師というのは宮廷楽師だと思っていましたが、武家文化にも楽師いたんですね。とても興味深いです。
 西洋的なホテルは、明治以降でなければ出て来ない代物なのでしょうね。日本的な旅館でも、今でいうオモテナシの心は有ったと思います。当時の外人さんに理解して貰えたかは、分かりませんが・・・。興味深い歴史観だと思います。
2019年11月03日 23:58
こんばんは!
金谷侍屋敷が金谷ホテルのルーツなんですね。
東照宮に雅楽師がいたとは初めて知りました。雅楽師の家系でいくら開業を勧められたにしても外国人を相手にコテージを開くなんてチャレンジ精神旺盛な人なんでしょう。そして20年後には本格的な西洋式ホテルを開業なんて凄いですね。
建物自体は普通の和風旅館という感じですが、外国の人にとっては異空間、日本を感じる場所だったのでしょうね。池のある庭も一役買っていたように感じます。
タマアジサイ可愛い花ですね。
日光を色々紹介して頂き楽しませて頂きました。知らない場所も沢山ありとても興味深く思いました。
2019年11月04日 07:27
今の民泊のはしりから、ホテルにまで発展されたのが
凄いですね。
勧められて始めた営業も、おもてなしの精神が
溢れていたことと思います。
雅楽師だったそうですが、武家の商法にならなかった
ことが良かったのかも知れないとも思いました。
2019年11月04日 08:00
こんにちは!しっとりとした和のテイストが沢山あっていいところですね、やはり日本人、こういう所が落ち着きます・・
2019年11月04日 08:15
「日光金谷ホテル」は聞いてよく知ってはいますが、その前身に、「金谷カテッジイン」があったとは、こちらは全く知りませんでした。画像で拝見する限り、風流な日本的な宿だったんですね。
金谷侍屋敷、金谷ホテル歴史館、その区別がつかなく、ごちゃごちゃになってしまい、的を得ないコメントになってしまい、申し訳ありません。

yukemuri
2019年11月04日 09:00
ここは知らなかったです
チャンスがあったら見てみたいと思います
日光はあちこちかなり見ていたつもりですが、まだまだ知らない場所がありました
とても参考になりました
2019年11月04日 09:54
ここは日光田母沢御用邸の斜向かいにありましたね。
時間が夕方になり、訪ねる事は出来なかったですが。
金谷ホテル博物館庭の ユキノシタ・鹿威し・コモチマンネングサ
時間が無かったので外から眺めるだけになりました。
外から見える所に鹿威しもありました。中に蹲踞もあったのですね。
江戸東京たてもの園の展示を見てるようです。
時間が合えば、中にはいってつぶさに見たかったです
ガクアジサイも終わり頃も風情がありますね(*^-゚)⌒☆
タマアジサイは見ごろだったでしょうか。
8月の御岳のレンゲショウマが開花する頃に
林の方ではタマアジサイも見ごろになります
真ん丸の蕾が弾く頃(お写真)が、魅力の花ですね
咲いてしまうと? ガクアジサイと区別がつきませんネ
楽しんだ後はコーヒーブレイクもできて云うことなしですね☆彡
2019年11月04日 10:21
これは@@ 是非訪れてみたい施設ですねえ@@
雨に濡れた庭園も、苔や草木の緑が冴えていいものですねえ@@
イザベラバードは日本紀行の上だったかと新潟の部分しか読んでいないのですが、いつか日本奥地紀行を全部読んでみたいと思っています。
自分の思ったことをそのまま、綴るのには好き嫌いが出るかもしれませんが、僕は好きですねえ^^うん?というのもありますが。。
世界を駆け回ったイザベラバードが、ひとところにゆっくり過ごすほど気に入った場所 ぜひ訪れてみたいですねえ^^
2019年11月04日 10:35
こんにちは

金谷家ですか。
リゾートホテルんだったんですか。
めっちゃいい感じのところですね。
行ってみたいです。
2019年11月04日 17:09
金谷ホテル、撮影できない部屋は何のお部屋か気になりました。アジサイ美しいですね。ミクミティさんの編集の匠の技で記事中のいいタイミングのところにでてきます。イギリス人の旅行家、有名です。すてきな旅のレポート、見せていただいて、ありがとうございます。
2019年11月04日 18:49
こんにちは

百年以上前に
外国人を喜ばせた建物
現代でも十分機能しそうですね
2019年11月04日 21:14
日光金谷ホテルの原点が武家屋敷だったとは驚きです。
例え著名なヘボン博士の勧めとはいえ、外国人専用のホテル開業の英断を下すのは勇気がいったことでしょうね。
木の桟のガラス窓やかまどなど、今は懐かしいものがたくさん見られますね。
歴史観として一般公開されているのがうれしいです。

2019年11月04日 21:44
★komichi さん、早速のコメント有難うございます。

金谷侍屋敷、とっても趣のある魅力ある建物でした。それは明治の頃からずっと人々を引き寄せるものがあったのでしょうね。ここから金谷ホテルの創業が始まったというのが歴史的だと思いました。それも外国人を相手にしたという点が凄いですよね。私の日光の記事を褒めて頂き嬉しいです。
玉紫陽花は、そちらでも自生しておりますか。夏のお花なのですね。ガクアジサイと似ていながら違うことをようやくわかりました。
2019年11月04日 21:47
★藍上雄 さん、早速のコメント有難うございます。

そうなのです、金谷侍屋敷が日光金谷ホテルのルーツなのです。
東照宮にも雅楽師がいたのですね。しかもそれなりに優遇されたいたのだと思います。立派な屋敷ですからね。
西洋的なホテルの原点が、このような日本的な旅館だったということが意外でした。オモテナシの心が当時の外国人にも評価されたのだと思います。
2019年11月04日 21:51
★eko さん、早速のコメント有難うございます。

そうなんです、金谷侍屋敷が日光金谷ホテルのルーツなのです。東照宮に雅楽師がいたのですね。そんな家系で外国人を相手にコテージを開くなんて、本当の驚きです。しかも、その後本格的な西洋式ホテルを開業するのですから。その原点の和風建築に触れることができて嬉しかったです。
タマアジサイも初めて意識しました。ガクアジサイとは違うのですね。
2019年11月04日 23:05
ここは全く知りませんでした。いつもとても勉強になります。
日本奥地紀行は私も読みましたが、ここの部分は記憶に残ってません。
金谷ホテルにこのような歴史があったとは、驚きです。
それにしても金谷善一郎氏のベンチャー精神が凄いですね。
本当に凄いことです。

ちょっと関係ない話に脱線しますが、「ローマの休日」「ティファニーで朝食を」などの女優オードリー・ヘプバーンはなぜヘプバーンなのでしょうね。スペルはヘボン博士と同じ Hepburnです。英語ではpbのような破裂音が続く場合には前のpは発音しません。 Campbellもキャンベルです。Hepburnは現代日本人のカタカナ表記はヘバーンでしょうか。明治日本人がヘボンと表記したのは良いとしてもヘプバーンは理解できません。そんな風に聞こえるはずないのですけどね。
2019年11月04日 23:52
日光金谷ホテルの前身があったのですね。金谷侍屋敷、今の外国人でもとても珍しいと思いますが、当時の人たちにとっては本当に異国情緒が味わえた場所なのでしょうね。
歴史館も素敵ですね。私たち日本人でも癒される場所ですね。日光、本当に見どころのあるところですね。リポートありがとうございました。
コスモス
2019年11月05日 08:21
金谷ホテルの前身、金谷カテッジイン(金谷侍屋敷)の歴史が
よくわかりました。
ミクミティさんの解説を読むと
すーっと当時にタイムスリップするような感覚があります。
明治初期の歴史の一コマを知りました。
タマアジサイの咲き始めがとてもきれいに撮れていますね。
私はこういう時期を見たことがないのです。
雨降りの日にぴったりなタマアジサイとの出会いでしたね。
2019年11月05日 10:58
おはようございます~♪
日光金谷ホテルの原点が武家屋敷だったのですね。
外人さんには異文化体験で人気があったでしょうね。
今に通じる宿泊施設ですね。
鹿威しなどは自然の音を興ずる見本人らしい
設えですね。
玉アジサイは初めて見せて頂きました。
額アジサイの変種かしら?
2019年11月05日 15:27
金谷侍屋敷はまさに日光金谷ホテル歴史館ですね。
明治初期に外国人を宿泊させる金谷善一郎氏の心の深さが凄いですね。ミクミティさんの日光紀行で日光の隅々まで旅をした気分になりました。素晴らしかったです。
我が家は夫にどこかで休憩してもらい私が勝手に行動しています。
はるる
2019年11月05日 19:28
タマアジサイが美しいこと。
武家屋敷、いいところを紹介していただきました。
すごいですね。
お庭もすばらしいです。
2019年11月05日 21:30
★ポジティブオーラ さん、コメント有難うございます。

そうですね、今の民泊のはしりのような気もしますが、よく明治初期という時代をそれを実践したと思います。凄いチャレンジ精神ですよね。そこに、おもてなしの精神もあって、評判の宿泊先となっていったのでしょう。
もとは雅楽師というのも驚きでした。
2019年11月05日 21:34
★fujisan さん、コメント有難うございます。

日光武家屋敷、雨も降っていてとっても瑞々しくかつしっとりとした雰囲気でした。和の趣もたっぷりで、これは明治時代でも変わらなかったのだろうと思います。日本人だけでなく外国人にも惹かれる宿泊先だったことを嬉しく感じます。
2019年11月05日 21:42
★茜雲 さん、コメント有難うございます。

私も、今回日光を訪れて、初めて「金谷ホテル歴史館」を訪れました。公開されたのはそれ程昔ではないですね。この「金谷ホテル歴史館」の敷地にある和風建築が「金谷侍屋敷」と呼ばれ、かつて「金谷カテッジイン」という名前で開業していたわけです。そして、外国人には「サムライハウス」として知られていたり。
ちょっと分かりづらいくて申し訳ないですね。いろんな呼び方があるということですね。
2019年11月05日 21:45
★yukemuri さん、コメント有難うございます。

私も、何度か日光に来ていますが、今回初めて「金谷ホテル歴史館」を訪れました。以前は、通り過ぎていたのだと思います。
今回、日光をじっくりと廻って、あらためて見所がいっぱいであることを実感しました。
2019年11月06日 05:26
おはようございます。
素敵な歴史館、見ごたえありますね。
金谷ホテルの歴史がわかりますね。
とても素晴らしい、素敵な旅をありがとうございました。
2019年11月06日 08:08
侍屋敷がホテル記念館になっているのですか。
武家屋敷に外国人が宿泊した、というのがユニークで、
おもてなしの原点のような気がしました。
近代日本文化を堪能されたでしょうね。
私が子供の頃、旅館と言えばこんな感じでした。

タマアジサイは神戸森林植物園の西洋アジサイ園にもあります。
紫陽花の時期は玉の形の丸いものが中央にあるだけです。
7月下旬から8月の下旬にかけて花開くので、
ナツアジサイと言ってもいいくらいです

長編シリーズの連続執筆、お疲れ様でした。
日光の旅を楽しませて頂きました。
☆おばちゃま
2019年11月06日 08:12
おはようございます。

ご無沙汰してました。
歴史を感じる旅に相応しい建物ですね。
名前は聞いてますが、
訪れたことがなかったので
ブログで拝見できて良かったです。
色々あって出かけれずにいたので
癒やされました。
2019年11月06日 10:45
金谷侍屋敷は金谷ホテルのルーツだったのですね
明治の初めに外国人を泊める事は画期的です
明治生まれの方から聞きました外国の方呼び名
○ト○と・・・怖い感じでした
泊めたこと凄いと思います
タマアジサイ
私も名前がわからなかったです
2019年11月06日 18:45
こんばんは。

金谷ホテルの生い立ち、初めて知りました。

外国人に先に評価されるというのも昔からあることなのですねぇ(^_^;)
2019年11月06日 20:53
★nobara さん、コメント有難うございます。

そうなんです、日光田母沢御用邸の斜向かいにありました。
金谷ホテル歴史館、私としては是非訪れてみたいところでした。さすが、nobaraさん、お庭をのぞいてお花のチェックをされていたのですね。
鹿威しも見つけましたか、よく覚えていましたね。江戸東京たてもの園を思い出されましたか。
ちょうど、タマアジサイが見ごろだと思いました。日光山内で一番見たお花でした。確かに咲いてしまうとガクアジサイと変わらないように見えました。
2019年11月06日 21:03
★つとつと さん、コメント有難うございます。

日光には歴史的な見所がいっぱい。小さいですから、こちらもキラリと光ります。
雨が降っていましたがそれが庭園をよりしっとりとさせていました。
イザベラバードの日本奥地紀行、私もまだ全部読んだことはないのです。いつか読んでみたいなと思っています。明治の初めによく日本の旅行をしましたよね。その中で、こちらも印象的な場所だったのでしょうね。
2019年11月06日 21:07
★トトパパ さん、コメント有難うございます。

金谷家の屋敷が、日本のリゾートホテル発祥の地だったのです。そう思うと興味津々でした。外国人にっても落ち着ける場所だったと思います。
今でも和の趣を味わえました。
2019年11月06日 21:12
★ROKO さん、コメント有難うございます。

金谷ホテル歴史館、撮影不可のお部屋にはいくつか貴重な展示品があったと思います。
タマアジサイ、恥ずかしながら最初はガクアジサイと一緒だと思っていました。8月の日光で一番咲いていた花でした。
私の旅のレポートをお褒め頂き嬉しいです。
2019年11月06日 21:15
★無門 さん、コメント有難うございます。

そうですね、百年以上前に外国人を喜ばせた建物です。そこには、金谷家の暖かいおもてなしもあったと思います。まさに、リゾートホテルの原点だったのです。今でも、和の趣をしっかりと味わうことができました。
2019年11月06日 21:22
★うふふ さん、コメント有難うございます。

そうですね、日光金谷ホテルの原点が武家屋敷だったことは、私にも意外でした。自分の屋敷を外国人専用のホテルとして開業するって、本当に英断だったでしょうね。
日本の伝統的なお屋敷で、かつての内外装や庭園が復元されているのはやはり貴重ですね。まさに歴史館という施設だなと思いました。
2019年11月06日 21:44
シンと鎮まった空間に「かーん」と響く音はいっそう心に響いたことでしょうね。
日本という国の精神的なことも外国人に知ってもらいたかったのかもしれませんね。
日本の奥地にすらこんなに素晴らしいものが有るんだと・・
2019年11月06日 21:45
★降魔成道 さん、コメント有難うございます。

日本奥地紀行をお読みになりましたか。私はまだなのです。やはり読んでみたいです。こちらの歴史館で、日光金谷ホテルのルーツを知ることができます。なかなか興味深かったです。そこに金谷善一郎氏のベンチャー精神があったことは間違いないですね。

それから、外国の人名や地名を日本語にする場合、それが複数になるケースはありますよね。その中で、ヘプバーンとヘボンは、かなり発音が違いますよね。英語読みとそれ以外ということもありますよね。
古いところでは、チャールズ、シャルル、カール、カルロス、なんてだいぶ違いますよね。
2019年11月06日 21:48
★かるきち さん、コメント有難うございます。

日光金谷ホテル発祥の地が、こちらの金谷侍屋敷。今は、金谷ホテル歴史館として公開されています。当時の人たちにとって、かつての異国情緒と日本のおもてなし精神を感じられたのでしょう。
そして、今でも和の風情がとっても魅力的でした。
2019年11月06日 21:53
★コスモス さん、コメント有難うございます。

日光金谷ホテルの前身、金谷カテッジイン(金谷侍屋敷)の歴史、私にとっても新鮮でした。明治初期にこんなベンチャー精神を発揮する人がいたのですね。ここから日本初のリゾートホテルが生まれたのです。
タマアジサイの咲き始めも、私にとって今回の発見でした。これまでは、恥ずかしながらガクアジサイとの違いも分かっていませんでした。8月の雨にも合っていたかもしれません。
2019年11月07日 20:42
★ベティーちゃん さん、コメント有難うございます。

そうなんです、日光金谷ホテルの発祥はこの武家屋敷だったのです。外国人には全てが異文化体験であったことでしょう。その中で、落ち着きとおもてなしを味わえる場所だったのだと思います。鹿威しやつくばい、自然の音を印象的に再現できたのではないでしょうか。
タマアジサイ、私にとっても新鮮でした。
2019年11月07日 20:46
★みなみ さん、コメント有難うございます。

金谷侍屋敷は、日光金谷ホテルの発祥の地。それが今、金谷ホテル歴史館となっているのです。明治初期に外国人を宿泊させる金谷善一郎氏の心意気が素晴らしいですよね。
私も今回、日光をこれまでになく色々と廻ることができて嬉しかったです。
妻は、それを待っていたという場面も多かったのですが。
2019年11月07日 20:49
★はるる さん、コメント有難うございます。

タマアジサイ、ご存じでしたか。私は今回初めて知りました。ガクアジサイの一種と思っていました。
金谷武家屋敷、今は金谷ホテル歴史館として見学できますよ。庭も内部の展示も楽しめますよ。
2019年11月07日 20:51
★ゴンマック さん、コメント有難うございます。

そうですね、こちらも印象的な歴史館でした。ここで日光金谷ホテルの歴史が分かりますね。
私の日光紀行をずっと読んでいただき嬉しいです。
2019年11月07日 21:05
★アルクノ さん、コメント有難うございます。

そうなんです、侍屋敷がホテルの歴史館になっているのです。武家屋敷に外国人が宿泊したというのが面白いですよね。泊める方も泊まる方も勇気が必要だったかなと思います。外国人へのおもてなしの原点があったと思います。昔の旅館もこんな感じでしたか。

タマアジサイをご存じでしたか。やはり、西洋アジサイ園で見ることができるのですね。普通のアジサイと開花時期が違うのもよく分かるわけですね。

私の日光の旅レポート、楽しんで読んでいただき嬉しいです。
2019年11月07日 21:10
★☆おばちゃま さん、コメント有難うございます。

お久しぶりです。
相変わらず歴史の旅をレポートしています。実は8月の旅行なのですが、いまだにその時のことを書いています。
金谷ホテル歴史館をご存じでしたか。まだまだ新しい施設です。
興味深く読んでいただいたなら嬉しいです。
2019年11月07日 21:22
★ジュン さん、コメント有難うございます。

金谷侍屋敷は金谷ホテル発祥の地だったのです。明治の初めに外国人を泊める事は画期的だと思います。それを、なりあいにするなんて凄い決断ですよね。
もちろん、英国人女性旅行家のイザベラ・バードの勇気も感嘆に値しますよね。
タマアジサイ、よく見ると非常にユニークですよね。
2019年11月07日 21:25
★koji さん、コメント有難うございます。

金谷ホテルの生い立ちが、武家屋敷というのも面白いですよね。更にもともとは雅楽師だったというのも意外でした。
ここは、外国人に評価されるという最初のホテルであったと思います。
2019年11月07日 21:29
★コマダム さん、コメント有難うございます。

奥深い森の中の静かな庭に「かーん」と響く音は、印象に残ったことでしょうね。もちろん、野鳥の声や水の流れにも癒されたことでしょう。それは万国共通なのでしょうね。
日本のおもてなし精神が、西洋人に評価されがそれが広まったというの最初に例のような気がします。そういう意味で、貴重な歴史館だと思いました。
2019年11月07日 21:59
金谷ホテルの 原型が 武家屋敷だったんですね。
今 私たちが 泊っても 心落ち着く素敵な
ホテルだな~と思いますが 明治の初めに
外国からの方がご覧になった お屋敷は
お殿様気分を感じられたのではないかしら、、、
なんて 思います。
広い庭 静かな池に響く 鹿威しの音に癒され
日本の良さを 堪能されたことでしょう。
2019年11月07日 23:25
こちらも素敵な所ですね
心も体も癒されそうです

コテージというよりサムライハウスの方が合ってますね
台所も囲炉裏も良いですね

二階の客室も和そのものですね
外国の方には異国情緒を満喫してもらえたことでしょう
お庭も素敵ですね
ししおどしは風情があって好きです

紫陽花も色いろあるんですよね
花は沢山ありすぎるので覚えられません(笑)
タマアジサイですか
可愛いですね♪
ハーモニー
2019年11月08日 19:19
こんばんは。
コメントが遅くなってしまいました。
金谷侍屋敷が日光金谷ホテルのルーツでしたか。
侘びのある素敵な建物ですね。
金谷善一郎という方、笙奏者だったのですね。
侍屋敷の台所「おくどさん」は懐かしいです。私が嫁いだ夫の実家にも長くありましたよ。そして囲炉裏も。。
静寂なお庭をイザベラさんは「音楽的な静けさ…」とお詠みになったんですね。発想がとても豊かな方ですね
ミクミティさんが書いておられるように、つくばいやししおどしの音からでしょうね。
タマアジサイは本当に可愛いですね。
長きにわたって日光の記事を興味深く読ませていただき、ありがとうございました!
次回もまた楽しみにしています♪
tami
2019年11月08日 20:08
こんばんは。
外国人専用の宿にするって今でもそう簡単ではなさそうなのに随分進歩的な
当主金谷善一郎だったのですね。
それが見事に成功して金谷ホテルにつながっているとは。
当時から”サムライ”のネーミングがありましたか。
今頃侍屋敷は紅葉に包まれているでしょう。
2019年11月08日 20:51
★フラバーバ さん、コメント有難うございます。

日光金谷ホテルの原点がこの武家屋敷だったのです。不思議な気がしますよね。それは、現代の我々が訪れても和の趣がいっぱいでした。
外国人にとって、この建物の魅力だけでなく、金谷善一郎のおもてなしにも魅せられたと思います。
「音楽的な静けさ」という特別な時間を、ここで堪能したのでしょうね。
2019年11月08日 20:59
★とまる さん、コメント有難うございます。

かつての金谷侍屋敷、今は金谷ホテル歴史館となって魅力的であり興味深い場所でした。屋敷や庭園の雰囲気が和の趣たっぷりで癒されました。
確かにコテージという感じではないですね。ただ、カテッジインという呼び名が外国人には分かりやすかったのかもしれません。とは言っても別名は、サムライ・ハウスですね。
ここで音楽的な静けさを感じたのですから、やはり特別な空間だったのだと思います。ししおどしもその要素だったと思います。

今回、タマアジサイという種類をあらためて認識しました。
2019年11月08日 21:15
★ハーモニー さん、コメント有難うございます。

そうですね、金谷侍屋敷が日光金谷ホテルのルーツだそうです。純和風の趣あるこの建築が、日本最初のリゾートホテルの原点だと思うと不思議な感じがしました。
その創業者である金谷善一郎がもとは笙奏者というのも意外ですよね。
こちらの台所は、まさに日本の文化の一つなのかもしれません。
私も、イザベラ・バードの「音楽的な静けさ…」という表現はとっても素敵だなと思いました。水の流れや野鳥の声に加えて、つくばいやししおどしの音などは静けさの要素だったと思います。

私の日光旅行のレポートを、じっくりと読んでいただき嬉しいです。
2019年11月08日 21:24
★tami さん、コメント有難うございます。

外国人専用の宿という発想が凄いでよね。当時、いかに先進的で挑戦的だったことか。そんな金谷善一郎の展示が資料館でありました。
外国人からは、サムライ・ハウスと呼ばれていたことが微笑ましいです。
確かに、今頃は紅葉に包まれていますね。また行きたいです。
2019年12月07日 23:14
金谷侍屋敷ッて写真見てるだけで静けさ感じます。
何故なんでしょ。
音楽的な静けさと云うのも気になります。
ししおどしや蹲いの音は有っても 時折感じる気配に和みを感じられ、それを音楽と感じられたのでしょうネ。
雅楽師だっただけにそれらを演出できたのかも。
ッと勝手に想像を膨らませてみるわたし。
2019年12月11日 21:01
★おーちゃん さん、コメント有難うございます。

金谷侍屋敷、雨が降っていて静かでしっとりした雰囲気でした。こちらも見学者がほとんどいなかったのです。明治初めの「音楽的な静けさ」を、なんとなく感じられるような気がしました。今は、すぐ前を国道が走っているのですが。
昔の人は、ししおどしや蹲いを庭に置くセンスを持っていたのですね。
ここが金谷ホテルの原点だったと知るにつけ、時代の流れを感じました。