今は庶民でも入れる沼津御用邸記念公園

警備の方が控えていたであろう警備ボックスは、やや古めかしい石造りの門の両側にありました。
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中の邸宅には、いかにも要人が住んでいると思わせる門構え

この辺りは、多くの松が茂っていて、門の近くには樹齢400年といわれる「根上がり黒松」がありました。
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確かに、長年の歳月のためでしょうか、根の部分が地上に露出した珍しい松の木です。この辺りにはそんな松が結構あります。

一見、重々しい雰囲気も漂いますが、今は警察も警備員もおらず、静かでのどかな感じがします。

こちらは、静岡県沼津市にある沼津御用邸(ぬまづごようてい)記念公園

門から入るとすぐに、西付属邸御殿が現れます。
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当然ながら、ここはかつての皇室の別邸。西付属邸御殿はその中心的な建物だったそうです。

特に、昭和天皇が好んで使われたとか。

もちろん立派な和風建築なのですが、そこで迎えてくれたのは気さくなオバサン(失礼)。

かつては、決して庶民が足を踏み入れることができなかった邸宅。ちょっと不思議な感じがしました。
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中に入って、廊下を歩きます。古いですが、とてもシンプルな内装で上品な雰囲気です。
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様々な部屋が公開されています。

その中には、こんなものも展示されていました。
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昭和天皇学習院初等科時代に乗っていたという自転車の複製だとか。3輪になっているのが面白いです。転んで怪我をしないようにという配慮なのでしょうか

こちらは、皇族の食事の盛り付けや配膳を行った部屋、供進所(くしんじょ)
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上品な机の輝きが印象的です

こちらの大きな調理室で上質の料理が作られたのでしょう。
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そして、こちらが御食堂
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こんなふうに、絨毯がひかれシャンデリアが付けられた和室の、上等なテーブルと椅子で、陛下はお食事をされたのですね

天皇陛下も、昭和の時代には普通に洋風の生活スタイルだったことが伺われます。

更に、近くには公務で使われる謁見所(えっけんじょ)も。
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まさに格式のある和洋折衷のたたずまい

それから、廊下をしばらく歩いていくと皇室のプライベートの空間が広がります。

御座所(ござしょ/おましどころ)
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更に、寝室御着換所がありますが、現在ここはギャラリーとして使われています。
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私が訪ねた時は、富士山の写真がずらっと展示されていました

こんな写真が展示されていると、つい微笑ましくなります。
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やはり現在の皇太子ご夫妻も訪れになっているのですね。

さて次に、これまで見学してきた西付属邸御殿を離れ、広大な沼津御用邸記念公園の中央エリア部分を散策しました。

そこには、うっそうと緑が生い茂る土地が広がっています。
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ただ、この地こそ、かつて沼津御用邸の本邸があった場所なのです

そもそも沼津御用邸は、明治26年(1893年)に、当時まだ皇太子で身体の弱かった大正天皇の静養のために造営されたそうです。

日本政府に招かれたドイツ人医師、ベルツは皇室御用医師でもあり、皇室に静養のための御用邸建築を進言したとか。

そこで、温暖で富士山も見える風光明美なこの地が選ばれたとのこと。

明治22年(1889年)に東海道線が開通して、交通の便が格段に良くなったという背景もあったそうです。

ここには、こんなルネッサンス様式本邸があったのです。
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当時、日本最高水準の洋館であったそうです

更に、これに隣接して、部屋数100を超える和風の大御殿の本邸まであったのです
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本当にもの凄い規模だったのですね~

大正天皇はもちろんよく滞在されたそうですが、昭和天皇は生後すぐからここで過ごすことが多く、思い入れのあった場所だったと想像します。

本邸の前で、大正天皇と触れあうまだ幼い昭和天皇秩父宮の写真が実に微笑ましいです
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ここは、本当に皇室の家族の空間だったのを感じさせます。

そんな、沼津御用邸の本邸は、昭和20年(1945年)7月、第二次世界大戦の沼津大空襲に遭い、焼失してしまったのです

あと1カ月だったのですね。

そんなことを思うと、切なくなりますね

今、この本邸の跡地には、歴史民族資料館が建っています。
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一方で、本邸の正門は今もしっかりと残っていて、キレイに維持されています
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普段は使われていないそうですが、やはり御用邸の正門たる堂々たる格式を感じます。

冒頭の写真の入口は、あくまで西付属邸の門だったのです。

つまり、本邸の付属の邸宅ということ。
もともとは、西付属邸は皇孫(つまり昭和天皇)のための御用邸だったのです。
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とはいえ、戦後は西付属邸が本邸の役目を果たしてきたそうです。

戦後日本は、御用邸にかつての立派な大御殿を再建する時代ではなくなっていたのですね。

そんな沼津御用邸は、昭和44年(1969年)廃止され、公園として開放されたのです。

昭和天皇は、翌昭和45年に御用邸とのお別れのため訪れたとか。色々な思いがあったのだろうと想像します。


さて、沼津御用邸には、更にもう一つ別のエリアがあります。そこは東付属邸です。
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こちらは、明治36年(1903年)、当時の皇孫、昭和天皇の御学問所として造営されたとのこと。

赤坂離宮の東宮大夫の官舎を移築して造られたそうです。

この東付属邸は、建設当時の姿がそのまま残っているのです。
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現在では、沼津市民の文化・教育活動の施設として改修され、文化講座が開かれたり、結婚式の会場としても使われるとか

かつての昭和天皇が勉強された御用邸の施設で結婚式を挙げるなんて、なかなか粋ですよね。

私が訪れた時も、ちょうど結婚式が行われていました

そして、その庭園にあるのが翠松亭(すいしょうてい)。実に、風情がある建築だなと思います。
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翠松亭には、千利休作と伝えられる国宝の茶室「待庵(たいあん)」を忠実に摸した「駿河待庵(するがたいあん)」が併設されています。(写真、右手)


最後に、沼津御用邸の西側に向かいました。

西付属邸の庭園方面へ。

松の木が斜めにはえています。
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それは海風が吹くからでしょう

目の前に、駿河湾の海岸が広がります
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伊豆半島の西側の付け根にあたる地形の様子がよく分かります。

この辺りは、駿河湾でも一番奥まったところなので、奥駿河湾(おくするがわん)というそうです。

右手には、ひっこりひょうたん島にそっくりという牛臥山(うしぶせやま)
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奥には富士山も見えるはずなのですが、、、。夏の昼間は難しいです

いずれにしても、とてものどかで気持のよい海辺の景色です。

この景色を、皇室の方々もここで眺めたことでしょう

沼津御用邸の周辺には、明治・大正の大物政治家財閥・富豪別荘が建て並んでいたといいます。

今は、そういう雰囲気はなく、普通の人が普通に散策して、ウィンドサーフィンを楽しめる海岸となっています。

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Numazu Imperial Villa Memorial Park, Numazu-city, Shizuoka, Japan

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この記事へのコメント

HT
2015年09月27日 18:47
こんばんは。
古い昔の建物ですが、実に素晴らしいものですね。天皇陛下が来られていたところですから当然なのかもしれませんが、こんな所で住まわれたりしていたのですねぅ。御用邸何て当然見たことありませんから、貴重なものですね。
消失してしまった建物もちょっと写真が古くてわかりにくいですが、立派なものですねぇ。別世界を感じます。
正門がこれまた立派ですねぇ。私の一度見に行って見たくなりました。
コマダム
2015年09月27日 19:19
華美ではなくどちらかと言えば控えめな感じがしました。
ゆっくりと休養のためなんですから木の香りがして、潮風に心安らぐ場所だったんでしょうね。
警官ボックスは皇居にも同じようなものはなかったでしょうか?
2015年09月27日 20:17
沼津御用邸記念公園は大正天皇から昭和天皇の別邸だったものが、今は記念公園なのですね。
西付属邸は和風建築に洋式を取り入れて、皇孫が暮らして居られたのですね。
ルネッサンス様式の本邸は戦災で焼失したのですか。
もったいないことでした。
今は跡地が歴史民族資料館になっているんですね。
東付属邸はここで結婚式も挙げられるとか!庶民に開放の場所となっているんですね。
奥駿河湾と、時には富士山が見えるという穏やかな沼津に有ったという事ですね。
はるる
2015年09月27日 20:26
沼津御用邸、これが記念公園になっているんですね。
だれでも入れて、当時のことがわかり、いい見学場所なんですね。
立派な木も多く、海の眺めもよくて、でも若い人がウインドサーフィンをやる場所にもなっているんですか。
ひょっこりひょうたん島、思い出しますね。
2015年09月27日 22:01
こんばんは!
沼津の御用邸行ったことがあります。20年以上前ですっかり忘れていましたが、海風で斜めなった松の写真と駿河湾の海岸を見て思い出しました。
印象として建物は地味、庭も日本庭園のような造られた庭ではなく自然そのままだったように記憶しています。
建物の中も多分見たと思いますが何も覚えていません。
本邸が終戦ひと月前に消失とは惜しいことをしましたね。
覚えてない場所を詳しい説明と共に見せて頂いて有難うございました。
2015年09月27日 22:08
門の脇にある警備ボックスが
物凄くいいですね。可愛いというか、
味があるというか、ちょっとしびれました。
赤坂迎賓館(昔の東宮御所)正門の
脇にも、警備ボックスがありますが、
もっと近代的な姿をしてます。
沼津御用邸のは、屋根が和風で、
和洋折衷の愛嬌ある姿が印象深いですね。
それにしても、ここで警備の任に
当った方は、窮屈な思いをしてたかも…。
2015年09月27日 23:20
こんにちは

今では市民の憩いの場
私の伊豆一周徒歩旅行の
出発点でした
陽気なおばちゃんの説明で
明治時代は牛乳用の牛を
電車で一緒に連れてきたとか
印象に残っています
2015年09月28日 14:20
こんにちは。

凄いですね~。
立派ですね~。
樹齢400年の黒松ですか。
警備ボックス、今では使われてないんですかね。
めっちゃいい感じですね。
2015年09月28日 20:40
HTさん、早速のコメント有難うございます。

一見、古くて質素な印象がありますが、やはり上質の木々が使用され非常に上品な建築だと思いました
改修工事もあったと思いますが、ここで天皇陛下が過ごされたのかと思うと、興味津々でした。
かつての沼津御用邸の本邸は、残っていれば貴重な文化財となっているでしょうね。確かに別世界の趣きがあったと思います
今は気軽に立ち寄れます。是非、一度行かれて下さい。
2015年09月28日 20:42
名前には聞いていた沼津御用邸、初めて拝見します。
決して派手ではないですが、趣がありますね。
記念公園となり、一般の人も見学できるなんて良いですね。
大正天皇に手を引かれる幼い昭和天皇と秩父宮殿下、本当に可愛らしいです♪
終戦前に本邸が焼失されるとは、残念なことです。
最後に御用邸を訪れた昭和天皇、万感の思いがおありでしたでしょうね。

駿河湾に浮かぶ牛臥山、ひょっこりひょうたん島に似てますね~♪
2015年09月28日 20:44
今の時代に生きる私たち、本当に幸せですね。昔なら絶対に入れない天皇の別邸にも足を踏み入れることができるのですから^^やはり素晴らしいですね。今の天皇のご幼少のお写真もあるのですね。本当に歴史を感じます。
2015年09月28日 20:44
コマダムさん、早速のコメント有難うございます。

そうですね、確かに派手さはなく地味な感じの和風建築です。それでも上品さと高貴さが漂っているような、そんな印象を持ちました
木造平屋建てのやさしさも感じました。東京から離れて心休まったのではないでしょうか。もちろん温暖で潮風も心地よかったでしょう
皇居にも警備ボックスはあったと思います。もう少し新しいでしょうけど。
2015年09月28日 20:51
こんばんは。
今回のシリーズは知らないことばかり。
沼津御用邸も例外なく。
皇族が静養されるにふさわしい風光明美で温暖な場所なんでしょうね。
後の昭和天皇の建物は流石に豪華絢爛というわけにはいかないでしょうがシンプルで洗練されている感じですね。
私ならあの廊下を走るかもしれません。
2015年09月28日 20:51
みっきいさん、早速のコメント有難うございます。

沼津御用邸は大正天皇・昭和天皇が何度も訪れたとのことです。それだけ気に入られていたのでしょう。東京に皇居には無い魅力があったのでしょう。自然の下で家族とのんびりできたからではないでしょうか。
本邸は惜しいですよね。あと1カ月だったのに。日本にはそういう経験をされている方が沢山いたはずですよね。
東付属邸は当時の姿が残っていて、もと皇室の施設で結婚式を挙げられとは素敵なことですよね
私もこの奥駿河湾の景色を見て癒されました。
2015年09月28日 20:54
はるるさん、いつもコメント有難うございます。

現役なら絶対に庶民は御用邸には入れないですよね。それが当時の姿を再現しつつ、見学できるのは実に興味深かったです
その海岸の風景も実にのどかで心地よかったです。ここにひょっこりひょうたん島があって微笑ましかったです
2015年09月28日 21:01
ekoさん、いつもコメント有難うございます。

そうですか、20年ほど前ですか。おそらく改修工事があったと思います。質素なイメージはありますが、上品で清楚な木造建築で、鉄筋コンクリートにはないやさしさを感じたのではないでしょうか
逆に華美なところでは心が和めないかもしれませんよね。
庭園も自然な感じでした。幼い昭和天皇はこの庭で自然の中で遊ばれたのではないかと想像します
本邸が残っていたら、貴重な文化財になっていたでしょうね
2015年09月28日 21:04
こんばんは
懐かしく思いながら拝見しました。海岸線の千本松原を歩いたことがあります(普通の人ですから)
2015年09月28日 21:36
yasuhikoさん、いつもコメント有難うございます。

ここの警備ボックスは結構古いですよね。色も形も印象的でした。今はもう使われてはいないようで。それでもかつての御用邸の雰囲気を伝えてくれます
警備は確かに退屈かもしれません。とはいえ、必要ですよね
2015年09月28日 21:41
無門さん、いつもコメント有難うございます。

そうですか、伊豆一周徒歩旅行の出発点でしたか。それは思い出深いでしょうね。
静岡県の方にとって、この沼津御用邸は誇りの一つなのではないでしょうか。それが記念公園となって公開されているのは素晴らしいことだと思います
ずっと残っていくといいですね。
2015年09月28日 21:44
トトパパさん、いつもコメント有難うございます。

こちらの邸宅はシンプルで地味な感じ、でも上品な木造平屋建てが天皇陛下の心を和ませたのかもしれません。自然もあってここでのんびりされたのかと
そこの警備は大事だったでしょうね。
2015年09月28日 21:49
ハーモニーさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、現役の御用邸なら庶民は絶対に入ることはできませんよね。そんな所を今は、気軽に見学できるのがいいところ
質素なイメージですが、上品で清楚な木造平屋建てが心を和ませたのだと思います。貴重な記念公園ですね。
昭和天皇にとっては、ものごころついた頃から沼津御用邸の思い出はあったのかと思います。特別な場所であったと思います
牛臥山がひょっこりひょうたん島というのは微笑ましかったです。
2015年09月28日 21:52
かるきちさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、時代の流れを感じます。ここは庶民では絶対に入れなかったでしょうね。
記念公園になって興味深く当時を想像しながら見学できるのがいいところです
写真は、昭和天皇の幼い頃です。まだ明治の頃の写真かと思います。ここにも歴史がありますね
2015年09月28日 21:57
tamiさん、いつもコメント有難うございます。

沼津御用邸は以前から行ってみたかったのです。やはりかつての御用邸の雰囲気を味わえるのがいいところ。展示も興味深かったです。
葉山の御用邸の中には入れませんからね
かつては風景明美で温暖で、交通の便もあって選ばれたのでしょう。今は、のどかで素朴な海岸でした
それでも凄い易い所なのは変わりません。
2015年09月28日 22:03
ミックンさん、いつもコメント有難うございます。

千本松原歩きましたか。沼津の魅力の一つですね。思い出になっているしょう。それは次回に登場するかもしれません
私は歩かなかったのですが、、
2015年09月28日 23:56
こんばんは。
知らなかったことばかりですが落ち着いた感じでゆったりと出来そうですね。
昔の写真もほほえましく拝見しました。
2015年09月29日 12:16
沼津御用邸は大正、昭和天皇がご静養に訪れたところなのですね。こうして時代が変わって庶民の目に触れることができ生活スタイルを知ることが出来るのですね。風光明媚な場所も一等地ですね。庶民には想像もできません。ミクミティさんのリポートから体験したかのごとくよ~くわかりました。すばらしいです。ありがとうございました。
2015年09月29日 12:38
沼津御用邸・・子どもと以前(数年前)行きました。
懐かしいです。
掲載の写真みていると、その時を思い出します。
並をうっているガラス窓が当時製造されたものとのことを
思いだしました。
2015年09月29日 20:34
みっちゃんさん、いつもコメント有難うございます。

私も沼津御用邸に初めて訪れて知ったことが多かったです。かつては全く入れなかったところに行けるのは気分がいいですね。時代の流れも感じます。
昔の写真、本当にタイムスリップしたようですね
2015年09月29日 20:44
みなみさん、いつもコメント有難うございます。

沼津御用邸は、全体が公園として開放されていてその建築と展示が実に興味深かったです。当時の皇室の暮らしが想像できてよかったです。特に昭和天皇にとっては特別な場所だったのだろうと思いました。
今はリゾート地が多様化し、国内外に色々ありますが、かつては沼津が一流のリゾート地だったことも時代の流れを感じる次第です
2015年09月29日 20:48
ゆうさん、いつもコメント有難うございます。

数年前に行かれましたか。静岡県の方には特別な思いを感じる場所なのではないでしょうか
かつて絶対入れなかったところへ入れるのは、満足感がありますね。正直、ガラスには目が行かなかったです
2015年09月29日 23:01
こんばんは!
沼津御用邸が記念公園になって一般の人も入れるのですね。
歴史のある建物が見られるのは嬉しいですね。
お写真も飾ってあって、ご幼少の頃の可愛らしい昭和天皇を微笑ましく拝見しました。
つい最近皇居東御苑に行ったばかりでしたので、天皇家を身近に感じました。
2015年09月30日 22:11
うふふさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、沼津御用邸記念公園。今では入園料400円で、気軽に入れます。かつては絶対入れなかった場所ですからね。そこへ入れるという満足感がありました
かつての写真にも御用邸の歴史をリアルに感じました。
皇居東御苑では、皇室と徳川家の両方の歴史に思いを馳せますね
2015年10月01日 08:53
現在の皇居は縁あって、豊明殿の壁画,中村岳陵作の原画による綴れ織りの「豊幡雲」が記憶に残っています。
そんなことを思い浮かべながら沼津御用邸の写真、記事を拝読させていただきました。皇室の香りが漂っていますね。
2015年10月01日 21:35
茜雲さん、いつもコメント有難うございます。

そうでしたね。茜雲さんは皇居の中に入られたことがあるのでしたね。素晴らしいことです。普通の人は決して入れませんから。
おそらく沼津御用邸の雰囲気は皇居とはだいぶ異なるのだと思います。天皇陛下は、そんな気分転換を図りリラックスするために御用邸へ通われたのだろうと想像します
今はそこに庶民でも入れるのが嬉しいことです。
2015年10月02日 01:58
沼津御用邸、終戦まであとわずかなところで焼失したのは皇室の方々にとっても哀しい事件だったでしょう。
和洋折衷でありながらも、独自の美学を感じる建築で全部が残っていたら 建築学的にもいろんなデータが取れたんじゃないか。
そんな事を思ったりします。
一般庶民が入れるようになっているのなら、入ってみたい…大正天皇や昭和天皇がどのような事を考えながら過ごされたのかも感じる事が出来るでしょうから。
2015年10月02日 14:00
こんにちは。
沼津御用邸公園、余りも縁遠い為か、知りませんでしたが、昭和天皇が使われていた事を思うとつい最近の感じがします。本来ならば、庶民が入る事も見る事も出来なかった所を拝見出来る事は感激すら覚えます。陛下の暮らしぶりを垣間見る事が出来そうな御用邸公園、恐れ多いと思いつつ拝見致しました。
2015年10月02日 21:38
沼津御用邸跡なんですね~
洋館の雰囲気は箱根離宮のとよく似ています。
皇太子ご夫妻のにこやかなお顔が印象的です。
中の調度などこちらのたてもの園の三井邸に似通った感じです。
和洋折衷のがその頃の特徴でしょうか・・
終戦のひと月前の消失でしたか。
ほんとにもっともっと早くに終われば・・
その後のいろんな悲劇も少しは救えましたものを。
公開になったお屋敷を見ながら・・
少しは高貴な気持ちになるのもいいかも知れませんね。
2015年10月03日 16:16
かつて天皇陛下が過ごされたその場所を普通に見学できるなんて素晴らしいですね。
和洋折衷に伝統とモダンを感じます。
昭和45年に昭和天皇がお別れにお見えになったそうですがご幼少の頃からの思い出に耽っておられたことでしょうね。
とても貴重な場所を見せていただきました。
ありがとうございます。
2015年10月03日 21:01
おーちゃんさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、沼津御用邸の本邸はあと一カ月戦争が早く終わっていたら今も残っていたのでしょうね。もちろん、すういうものが全国には幾つあるのか。ちょっと想像を絶します。
かつて庶民は絶対に入ることができなかった御用邸に、今その場所に足を踏み入れ雰囲気を味わえるのは実に感慨深いです。
大正天皇、昭和天皇、そして今上天皇も、沼津御用邸には特別な思い出があったはず。そんなことを想像するのも楽しいものです。
2015年10月03日 21:05
毎日日曜人さん、いつもコメント有難うございます。

今、葉山御用邸がありますが、かつては沼津御用邸の方が存在感があったと思います。広大な敷地で温暖な気候、更に風光明美な場所に、皇室以外の有力者もこちらに別荘を構えたのです。
そんな時代や皇室の暮らしぶりを想像しながら見学するのはなかなか楽しいものです
2015年10月03日 21:12
nobaraさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、かつては御用邸もいくつもありました。箱根もいい場所にありましたね。それでも戦後も昭和天皇の思いが強かったのは沼津御用邸であっと思います。
生まれて間もない頃から何度も通われた所ですからね。
和洋折衷の上品な内装や調度品、皇室ばかりでなく上流階級のトレンドだったのでしょう
できれば沼津御用邸の本邸も見てみたかったです。戦争がもっともっと早く終わっていれば、、。だいぶ違っていたでしょうね。
確かにここでは、高貴な雰囲気を気軽に楽しく回れる場所だと思いました。今はのどかさもたっぷりあります。
2015年10月03日 21:19
テンプルさん、コメント本当に有難うございます。

そうですね、かつて庶民が絶対に入れなかった高貴な場所へ入れるのは嬉しいことです。シンプルで質素なイメージもありますが、上品で清楚な雰囲気が漂います。
昭和天皇にとって、東京の皇居とは全く違う思いがあったと思います。時代の流れもお感じになられたでしょう
そんなことを想像しながら見学しておりました。
2015年11月29日 23:38
確かここは、BSの「百年名家」で以前紹介してて、本当に本邸の焼失は惜しまれますよね
豪華絢爛でゴツゴツとしたイメージのお城や大名屋敷と違って、皇室建築はすっきりと繊細で上品なイメージがありますよね。
昭和天皇の幼少時期の思い出の詰まった場所とのお別れは、きっと言葉にできないものがおありだったことでしょう。

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