悲劇の城、山中城の美しさと気持良さ

三嶋大社のある三島宿(みしまじゅく)から東へ向かうと、東海道箱根街道となっていきます。

その箱根街道を西から登って箱根へ行く途中にある史跡、それが山中城跡です。
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戦国時代の山城の跡。

日本にはそういった山城の跡が沢山ありますが、ここはその中でも特に整備され当時の遺構がしっかりと残る特別な城跡です。

天守閣や石垣が残っているわけではありませんが、山中城日本100名城の一つ
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静岡県三島市の東部に位置するこの城は、東海道を取り囲むように城郭が造られています。距離感も、ちょうど三島宿箱根関所中間地点

この石の表示でよく分かります。
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築城したのは、戦国大名の北条氏康(ほうじょう うじやす)。織田信長が尾張から近畿一円を制圧している頃、北条氏の本城、小田原城西の支城として建てられたそうです。

つまり、北条氏の西の防衛拠点であり、街道を進んでくる敵を迎え撃つための城だったのですね。

それでは、城郭の中に入っていきます。まずは、三の丸から。
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左手の空堀(からぼり)の脇にきちんと整備された登山道があります。

緑が本当にキレイ

三の丸の堀を登ったところにあるのが、田尻(たじり)の池
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山城で貴重な水を蓄えるため池であったとか。

まだスイレンが素敵な花を咲かせていました。
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更に進んで、西の丸の方へ向かって登っていきます。

そこに現れるのが、より深い堀。
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堀の両脇に植えられているツヅジ丸い刈り込みが、美しい緑の景観を作っています。

戦国時代の防御の要である堀が、今では城跡の公園を素敵に彩る存在になっているとは。不思議な感覚を覚えます。

5月のツツジの時期には、本当にキレイだろうなと思えます。

とはいえ、花がなくても緑の可愛い玉仕立ての姿はとっても印象的です。

もう少し登って西の丸の周囲には、北条氏独特畝堀(うねぼり)が現れます。
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これまた、かつて城の防衛のためにつくられた堀が、とても美しい造形となっています。

この畝はまさに障子のような形状で障子堀(しょうじぼり)となっています。
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当時それぞれの畝(うね)は、水が入ったもの、泥土が入ったもの、空堀だったものがあったとか。

今は、この畝堀の遺構を保護するために芝生や樹木が植えられていて、実にキレイに見えるのです
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更に、西の丸の端からは、駿河湾が見渡せる絶景が広がります。
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この日は、やや雲が多かったのですが、天気が良ければこのように駿河湾三島市街富士山が見えるのです。こんな感じです
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当時は、風景を楽しむというより、西から街道沿いに迫ってくる敵の様子を、見下ろすことができたことでしょう。

天正18年(1590年)、豊臣秀吉小田原攻めの際、豊臣秀次率いる約7万の軍勢が山中城を攻撃したのです

守る北条方の兵は約4000 防御を固めていたものの、完全な修復は間に合わず、わずか半日で山中城は落城したそうです

韮山(にらやま)にあった韮山城が、小田原城が落ちる最後まで籠城をしたのと対象的ではあります。

豊臣方も、小田原城を攻めるための交通の要所である、山中城を早く落としたかったのだと思います。

こちらが西櫓(にしやぐら)西の丸
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今は山の上の芝生の広場。気持のいい空間が広がっています。

更に、二の丸へ渡る時の堀の美しさ
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これは素晴らしかったです。もちろん、ツヅジの咲く頃はこの上ない彩りでしょう。

こちらは本丸跡
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こちらも今は、芝生が広場。

更に、その隣にある天主櫓(てんしゅやぐら)跡
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こちらが、城の中心。かつてどんな櫓が建っていたのでしょう

天正18年(1590年)に落城してすぐ廃城になったので、かつての詳しい状況は分かりません。

山中城は、豊臣方にとって敵の北条方の防御拠点。江戸幕府にとっても、こんな旧東海道の要所に山城があったのでは危なっかしい。江戸時代になっても、お城としての機能はずっと封印されたのです。

おそらく、当時のお城の姿を知っているのは、今も残る大樹だけでしょう

これは、天主櫓に脇に立つ樹齢500年と伝わる矢立の杉(やたてのすぎ)。 
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出陣の際にこの杉に矢を射立てて勝敗を占ったので「矢立の杉」というそうです。

更に、こちらは樹齢650年というアカガシの木
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どちらも、山中城で起きた悲劇の証人なのだと思います

それにしても、この戦国時代の城跡を、よくここまでキレイに整備したものです。三島市は、昭和48年(1973年)、山中城跡を全面的に発掘し、学術調査や環境整備を行ったそうです。

本当に多くの方々の尽力があったと思われます。昭和56年(1981年)に広大な城跡公園としてオープン。非常に風光明美な場所でもあり、とても素晴らしいことだと思います
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そんな山中城跡の一角に、宗閑寺(そうかんじ)という小さなお寺があります。

そこには、天正18年(1590年)に戦死した山中城主、松田康長(まつだ やすなが)と副将の間宮康俊(まみや やすとし)、更には豊臣方の重臣、一柳直末(ひとつやなぎ なおすえ)などの墓が、敵味方の区別なく静かに並んでいます。
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激しい戦の歴史がここであったことを今も物語っています。



最後に、ここ山中城跡で見つけた花達を少しだけご紹介します。

8月の暑い季節でしたが、まだ少しアジサイが残っていました。
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ここはアジサイの名所でもあるんですね。

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キバナコスモス。
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更に、サルビア・グアラニティカ。
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古戦場でもある古城跡に咲いていると、ちょっとイメージが違うという気がしますが、それがまた何百年もの時代が経っているのを感じます。

半日で落ちた悲劇の城も、今はとっても気持のいい空間でした




Yamanaka Castle, Shizuoka, Japan

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この記事へのコメント

2015年09月21日 07:33
丸い植え込みはツツジなのですね!
色とりどり咲くのでしょうね。
初めて知った史跡です。
HT
2015年09月21日 07:46
おはようございます。
大きな山城だったのですねぇ。どんな感じになっていたものかちょっと全体のイメージが掴めませんが、こちらにも山城の跡は彼方此方にありますが、あまりにも違っていて吃驚です。ここまで綺麗に発掘調査をされたことも素晴らしいですね。畝堀・障子堀、こういうの初めて見ました。水が入っていたら綺麗なのでしょうね。結構登られるのでしょうね。緑が本当に綺麗ですね。
2015年09月21日 09:30
お城も旅先にあれば覗いていましたが、畝掘は初めて知りました
丸く刈り込まれたつつじ、きれいな芝生・・兵どもが夢のあとですね。
大室山とかつつじのきれいなところが伊豆には多いように思えました。
2015年09月21日 12:51
山中城跡、初めて知りました。
たった半日で落城したとは!
地理的に敵に襲われやすかったのでしょうか?

手入れされた畝掘、ツツジの満開時には本当に綺麗でしょうね。
障子彫の造形美、見事です!♪
これらは、人々のご尽力の賜物なんでしょうね。
名残りの花々も素敵です♪
2015年09月21日 15:13
山中城は日本100名城の一つと言えども、残るのは山城の遺構のみ、三島宿と箱根関所の15kmの中間地点ですね。
空堀、畝堀は城防衛のためのお濠が、今は、丸く刈ったツツジと芝生でおおわれている美しい景観の公園ですか。
駿河湾、三島市街、富士山が見渡せる西の丸からは敵の様子も良く見えたのですね!
小田原攻めの前に半日で落された山中城だったのですね!
その悲劇は500年樹齢の矢立の杉と赤ガシの木のみが知っている…という、ステキなドラマになってます。
一寸ゴルフ場か?と思わせる手入れの良い緑の公園ですね。ツツジの頃はきっと晴れやかなきれいな山中城址でしょうね!!
ミクミティさんの歴史探訪にはわかりやすく説明してくだって成る程…と引き込まれます。
2015年09月21日 15:21
豊臣方の小田原城攻めで交通的にも早く落城させたかった山中城ですか。その悲劇の証人のアカガシも立派に生きつづけていますね。そして畝堀の美しい景色は本当に素晴らしくて造形芸術ですね。ツツジの咲く時期の光景も拝見したいものです。圧巻でしょうね。
ミクミティさんよろしく♪再度のリポートを。
2015年09月21日 16:38
立派なお城の跡ですね。
管理がしっかりとされていて
お城に興味のないかたでも木々や
土の起伏を楽しむことが
出来ますね。
素晴らしい~。
2015年09月21日 18:42
こんにちは

空堀が美しいですね
三島大社から歩いて
山中城まで往復歩きました
大きな城で
とても半日で落城なんて
信じられないよね
2015年09月21日 19:03
ハッピーさん、早速のコメント有難うございます。

そうなんです、丸い植え込みはつつじで非常に沢山の数があり、それが見事な配置で植えられていると思いました。
5月のつつじの季節は本当にキレイでしょう
山中城は知る人ぞ知る史跡だと思います
2015年09月21日 19:08
HTさん、早速のコメント有難うございます。

日本に数ある山城の跡でも、これだけキレイに整備され堀や城郭が美しく保存されている例は少ないと思います
三島市はよくやったと思います
畝堀・障子堀は後北条氏の独特の防御スタイルだそうです。かつてはもちろん芝生はなかったのです。
ただ、半日で落城してしまった原因は何なのか。ちょっと美しすぎたからでしょうか
2015年09月21日 19:12
コマダムさん、早速のコメント有難うございます。

そうですね、畝掘は後北条氏の独特の形状だそうです。今は芝生が張られて非常に美しく見えますが、当時はやっかいな堀だったのだと思います
今は、ツツジを利用して更に美観をアップ。確かに、伊豆にはツツジの名所が多いような気がしますね。
2015年09月21日 19:23
ハーモニーさん、いつもコメント有難うございます。

山中城は戦国時代の終盤、豊臣秀吉の大軍勢が最後の遠征として押しよせてきたのをまともに向かい撃つような状況だったのでしょう
この山中城から見えた秀吉の軍勢の多さに、北条側は圧倒されとてつもない恐怖心を覚えたでしょう。色々と想像してしまいます。
畝掘や障子彫の造形美は、非常に珍しくもあり今見ると美しいです。ただ、当時はそれを楽しむ余裕はなかったでしょう。
ツツジでより美しくするという発想は素晴らしいなと思いました
2015年09月21日 19:35
みっきいさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、山中城は戦国時代の山城としては独特の畝堀が残り、キレイな整備されてた城郭が印象的な城跡です。日本100名城に選定されているのも分かります。知る人ぞ知るお城だと思います
天気が良い日の眺めもたっぷり楽しめると思います。それだけ、かつての東海道を西から攻めてくる軍勢をしっかりと見ることができたと思います
圧倒的な豊臣秀吉の軍勢はここから見えたのでしょう。
その時のお城は、今わずかに残る大樹だけが目撃していたのでしょう。色々と想像してしまいます。
確かに、ちょっとしたゴルフ場のようにも見えますね。山中城の整備と維持も大変なんだろうな思った次第です。
2015年09月21日 19:42
みなみさん、いつもコメント有難うございます。

豊臣秀吉が全国統一を達成する為に小田原城征伐は最後の大戦。その前哨戦となったのが、ここ山中城の攻防であったと思います。
それがあっという間に落とされて、北条側は大いに落胆したことでしょう。
そんな所にある大樹や畝堀に当時の歴史を感じます。今、美しく整備されて景観を楽しみながら散策できるのはとても嬉しいことです
確かにツツジの季節にもう一度訪ねたいですね。ここはそれ程遠くはないですから。
2015年09月21日 19:47
ゆうさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、戦国時代の山城の跡がこれだけキレイに整備されて美しく感じさせてくれるのは、数少ないと思います。山中城は、まさに日本100名城の一つで、知る人ぞ知る城だと思います。
確かに、城に興味無くても、景観や眺望や花で十分楽しめますね
はるる
2015年09月21日 20:14
とってもいいところですね。
たしかに緑が目にまぶしいくらいです。
畝掘、初めて見ました。よく造られ、また手入れがいいから、このような美しい形で残され、見る物を驚かせているのでしょう。
2015年09月21日 20:39
こんばんは!
山中城址、空堀が見事に緑で埋め尽くされて綺麗ですね。
過去の悲劇があったとは到底感じさせません。
畦堀は初めて聞きましたが、珍しいのでしょうね。
綺麗に手入れされてとても気持ちのいい空間になっています。ツツジの季節は花で彩られて綺麗でしょうね。
2015年09月21日 21:15
無門さん、いつもコメント有難うございます。

山中城の空堀は独特の形状、それにキレイに芝生がはられて更にツツジが植えられ美しい造形に見えます。粋なセンスだと思います。
三嶋大社から山中城まで箱根街道を歩かれましたか。昔の雰囲気を味あわれたわけですね。登り坂、お疲れ様でした。
2015年09月21日 21:27
はるるさん、いつもコメント有難うございます。

本当に緑がまぶしかったですね。その山中城の堀や城郭は、キレイに整備され芝生がはられて美しかったです。戦国時代の防御の仕組みが現代で美しい造形になっているのが時代の流れを感じます。
そして、ここには来てよかったと思わせる何かがあるなと思いました
2015年09月21日 21:33
ekoさん、いつもコメント有難うございます。

山中城の堀や城郭はキレイに整備されて芝生やツツジがとっても印象的。散策して楽しい城跡だと思います。気持が良くなります。
畝堀や障子堀は、今ではとっても素敵な自然の造形に見えますよ。戦国時代の防御の仕組みなのに、不思議ですよね
2015年09月21日 21:37
箱根の旧街道というと、
湯本から畑宿を通って、箱根関所跡へ
達するルートが有名ですが、
その道は更に続いて、山中城を通って
三島宿へと抜ける訳ですね。
なるほど、この城が重要な位置を
占めていた事情がよく分かりました。
それにしても、戦国時代の堀の形が
よく残ってるものですね。
畝掘、障子堀なんて、形の変った
珍しい堀にも驚きました。
2015年09月21日 21:44
yasuhikoさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、私も神奈川県民で、箱根街道というと小田原から箱根へ登っていくイメージです。でも、当然ながら更に三島へと続いていたわけですね。
西から箱根や関東を目指す時、この山中城は落とさなければならない拠点だったでしょう。
当時の後北条氏の独特の堀が、キレイに整備され美し残っているのが山中城跡の魅力だと思います
2015年09月21日 21:45
お城がなくても百名城に指定されている、この美しい緑が物語っていますね。建物がないとつわものどもが夢の跡、そういった無常観をより一層強く感じさせてくれますね。
2015年09月21日 21:57
かるきちさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、山中城は本当に緑が印象的な城跡でした。もちろん5月のツツジの季節の彩りも素晴らしいと思います
自然と人工の造形美を楽しみながら、歴史の無常観を感じます。
「夏草やつわものどもが夢の跡」、確かにそんな風情もたっぷりと感じられる場所です
2015年09月21日 22:55
こんばんは!
とても美しく整備されているのに驚きました!
城跡の雑然さもなく、緑一面の造形が見事ですね~♪
駿河湾も一望で、絶景地ですね。
当時の戦も時の流れの中のひとつの事柄なんでしょうね~☆
2015年09月21日 23:58
komichiさん、いつもコメント有難うございます。

そうなんです、山中城はお城の遺構が実にキレイに美しく保存されています。あまり歴史に興味無くても、城内を散策して楽しめると思います。
駿河湾や東海道の様子が一望できます。それも、防御の拠点だったから。今はその眺望で楽しめるのが、時代の流れですね
2015年09月22日 11:34
こんにちは。

山中城趾、知ってますよ~。
一度行って見たいです。
こんなんになってるんですね。
めっちゃ綺麗に整備されてるんですね。
2015年09月22日 13:34
こんにちは。
建物や櫓は無いもののこれだけ綺麗に整備保存されていると気分的にも良い感じですね。戦国時代には軍事的な要衝であった為に豊臣方の攻撃も凄まじいものがあったと思います。そんな激しい戦いが有った城跡も今は紫陽花の名所として長閑な風景を見せているのは、やはり時代の流れなんですね。今回も歴史ロマンを感じさせる記事を興味深く拝見いたしました。ありがとうございます。
2015年09月22日 16:12
トトパパさん、いつもコメント有難うございます。

山中城は、日本百名城の一つ。知る人ぞ知る城だと思います。戦国時代の山城の跡が美しく保存されています
眺望もいいです。悲劇の城がこれだけ絵になるのは、ちょっと不思議な気がしてしまいます。
2015年09月22日 16:20
毎日日曜人さん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、かつての防衛拠点であり悲劇のお城が、現代でこのようにキレイに美しく保存されているのに時代の流れを感じます
それにしても様々な人の尽力があったと思います。今やつつじやアジサイの名所。花々と一緒と歴史ロマンを楽しめるのは実にいいことだと思います
写真の撮り甲斐もありますよ。
2015年09月23日 06:45
おはようございます。
古いお城の保存の仕方にいろいろあることを知りました。
再建した立派な天守閣を見上げるのも素敵ですし、このように庭園として昔の面影を偲ぶのも良いですね。
美しく整備された庭園を見ながら、戦いに敗れた武将はもちろんのこと、家来衆、そしてその家族を思って胸が痛みました。
今も昔も戦争は「NO!」ですね。
2015年09月23日 08:18
畝堀の遺構を保護するために芝生や樹木が植えられ、ですか。よくぞ考え、こんなに美しい姿にしたものですね。この造形美、何とも言えません。写真からだけでもその美しさが想像できますが、肉眼で見たらどんな感動をすることでしょう。
2015年09月23日 12:46
うふふさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、戦国時代の山城が発掘されその城郭がこれ程美しく保存されているのは珍しいかと思います。芝生や植栽が彩りを加えて見ていてとても心地よい場所です
ここで戦争があって悲劇の歴史があったこと、やはり記憶されるべきですね。犠牲になった武将の墓を見てシミジミとそれを感じました。
2015年09月23日 12:50
茜雲さん、いつもコメント有難うございます。

後北条氏の独特の形状といわれる畝堀や障子堀、芝生と植栽できれいに保存されているのは本当にいいアイディアだと思います。見た目にもとっても気持のいい風景です
更に、ここは眺望にも恵まれています。つつじの季節にまた訪れたいと思っています。
2015年09月23日 15:48
天守や石垣がなくとも見るかいが
ありますね。
本当変わった堀ですね。
2015年09月23日 21:01
こんばんは。
私はツツジと堀がすごく気に入りました。
五月中旬から下旬なんですかね。
あの箱根のホテルのとあわせツツジツアーなんかいいだろうなと頭をよぎりました。
ミクミティさん、来年見せて下さいよ。
日帰りできるでしょう。
2015年09月23日 21:24
天守閣等の建物や石垣が残っていなくてもこの緑の造形美で、百名城の一つに数えられるというの納得させられます。本当に美しいです。半日で落城したと言うこと、本当に無情ですね。
2015年09月23日 22:05
山ちゃんさん、コメント本当に有難うございます。

そうですね、後北条氏独特の堀の形状が、こうやって現代に美しい造形として蘇っているのが素晴らしいです
見晴らしもいいし、ハイキングや花を見るにも最適だと思います
2015年09月23日 22:08
tamiさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、ツツジの頃の景色は素晴らしいと思います。花が無くてもこれだけ美しいのですから。
山のホテルといい山中城といい、この辺りは他にもつつじの名所が結構あります。5月中旬は、GW後でなかなか休みが取りづらいので、、
2015年09月23日 22:11
ポン太さん、コメント本当に有難うございます。

そうですね、戦国時代の山城をよくここまで発掘し整備しし美し蘇らせたと思います。多くの方々のご尽力があったと思います
もっともっと、この山中城は有名になってもいいのかなと思います。日本百名城ではあるのですが
確かにここで無情さも感じますね。
2015年09月24日 22:45
畝掘と緑の玉仕立ての姿、五月には沢山の人出があるのでしょうね。素晴らしい光景です。
障子掘りの畝もキレイですね。
近くへ行く機会が有ったら寄ってみたいです。
2015年09月25日 11:22
こんにちは
三島あたりには来春に歩きたいなあと思ってます。そのためにも事前調べができました。ありがとうございました
2015年09月25日 22:31
やまびこさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、私の山中城跡がこれ程キレイに整備されツツジの玉仕立てが美しいとは思いませんでした。5月にも行ってみたいなと思いました。
箱根から結構近いですよ
2015年09月25日 22:35
ミックンさん、いつもコメント有難うございます。

そうですか、三島周辺ですか。正直、思ったよりも見所が多いと思いました。もちろん、風景や温泉も楽しめますからね
私も山中城へはまた5月にでも行ってみたいと思いました。ツツジがキレイでしょう
2015年09月27日 21:32
山中城址のスケールを見ていますと、東西の実力者から睨まれるくらいのチカラが北条家にはあったという事なんでしょうネ。
どこかで油断しなかったら、北条家も残る事が出来たでしょう。
そんな事も見てきた山中城の木々も今の状態の方が佳いと言ってるかのよう。
畝堀も不思議なアクセントになっていて、天守や石垣が無くても時間忘れてみられるんじゃないか…ツツジの頃に行かれるとの事。
その記事が今から楽しみです。
2015年09月28日 20:16
おーちゃんさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、後北条家は関東を制覇した大大名でした。ただ、全国統一を目指す秀吉にはかないません。その判断を誤ったのだろうと思います。
この山中城でもっと長く対抗できると思っていたのではないでしょうか。それが、半日で落ちてしまって、、
北条氏は小大名として一応存続はしたのですが、江戸時代にその存在が歴史上に取り上げれられることはほぼなかったと思います。
独特の畝堀がキレイに蘇って、心を和ませてくれます。ただ歴史の無常さも感じますね。
ツツジの咲く頃また行きたいなと思ってはいます。
2015年09月28日 23:39
こんばんは。
丸く剪定してあるツツジが可愛くもあり緑が綺麗ですね!
山中城跡がこんな風に素晴らしい公園になっているとは驚きました。
ツツジの咲く頃には見事なことでしょう!
2015年09月29日 20:28
みっちゃんさん、いつもコメント有難うございます。

そうですよね、実は私もこんなに丸く剪定されたツツジが可愛い景色を作っているのに驚きました。ここは城跡ですからね。不思議な心地がしました
独特の堀も美しく保存されています。私もツツジの咲く頃にもう一度行けたらいいなと思っています。

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