韮山の史跡巡り(蛭ヶ小島から北條寺)

田園風景の中、遠くを見つめるの夫婦の銅像。何となく微笑ましく感じます。彼らは農家の夫婦ではありません。
画像

彼らが見ている先には富士山があるのですが、この時は雲に隠れて見えませんでした

ここは、再び静岡県伊豆の国市韮山(にらやま)。世界遺産に登録された韮山反射炉に程近い公園の中です。

この夫婦は日本史上でも珍しい、夫婦そろって超有名な方々

銅像を正面から見てみました。
画像

「蛭ヶ島(ひるがしま)の夫婦」というタイトル。

時は、治承(じしょう)元年(1177年)。平安時代の終わり。まだ平氏全盛の頃でした。

この夫婦は「夫は31才妻は21才のとき、ここで結ばれた」との説明書きが。そうか、10歳違いの夫婦だったのかとあらためて思いました。

お分かりでしょうか

源頼朝北条政子の夫婦です。

この公園の入口には、まだ新しいこんな立派な石碑が。
画像

一般には、蛭ヶ島(ひるがしま)というより、蛭ヶ小島(ひるがこじま)という名前の方が知られていますよね。

平氏と源氏が戦った平治元年(1159年)の平治の乱の後頼朝はこの地に流されたのです。

周囲は、田園風景。今でものどかで田舎の雰囲気が漂います。
画像

平安時代の京都からすると、とてつもない僻地と思われたでしょう。

現在は全く島ではありませんが、かつては近くを流れる狩野川(かのがわ)の湿地帯の中州の一つだったのではと言われています。

14歳で京都を追われ、この地に約20年間源頼朝が人生で最も長く暮したのがここだったのですね。

現在ここは蛭ヶ島公園として整備されて、その中に江戸時代に建てられた石碑があります。
画像

源氏支配の原点とも言える場所を伝承するためだったそうですが、既に江戸時代においても蛭ヶ小島は伝説の地。本当にこの地であったかどうか確実ではないそうです。

とはいえ、こんなふうに「蛭ヶ島茶屋」なんていうのがあると嬉しいですね。
画像

夏の猛暑の下、中はしっかりと冷房が効いていて冷たい飲み物も頂けます

更に、当時、頼朝と政子が結ばれた時のエピソードから、縁結びのご利益があると言われた梛(なぎ)の葉を入れた鏡の石像もあります。
画像

源氏の御曹司である頼朝との結婚に、政子の父である北条時政(ときまさ)は初めは反対して別の男性と結婚させようとしたそうです。

その祝言の夜、政子は熱海の伊豆山権現(いずさんごんげん)へ逃げ込んだとのこと 当時は多数の僧兵がこもる権威のある神社。やはり、北条政子は凄い行動力だったのですね。

その伊豆山権現の境内にあった梛(なぎ)の葉を、頼朝に送ることで二人は愛を確認し合い結ばれたとか。

伊豆山権現は規模は小さくなりましたが、今も伊豆山神社として残っています。(今年、熱海旅行の際、訪れました。)
画像


さて、ここ韮山に蛭ヶ小島があったということは、頼朝の監視役であった北条氏この地が拠点であったということ。鎌倉幕府の主役は、実は北条氏ですからね

韮山には、そんな北条氏の歴史の名残を感じさせてくれる寺院が幾つかあります。

ここは、成福寺(じょうふくじ)
画像

このお寺のある辺りに北条時政の邸宅があったとされ、まさにここは北条氏の故郷なのですね。

当然ながら、頼朝と政子が住んだ別邸もこの辺りにあったとか。
画像

北条氏の家紋三つ鱗(みつうろこ)が印象的です

お寺としては、八代執権の北条時宗(ときむね)の三男であった北条正宗(まさむね)が、元寇の数年後、鎌倉からこの地に戻り再興したそうです。

奥には、北条氏歴代の墓があります。
画像

そして、鎌倉から分骨したとされる父の北条時宗母の覚山尼(かくさんに)のお墓も。

更に、この成福寺の周辺は、室町時代後半になって、堀越公方(ほりごえくぼう)となる足利政知(あしかが まさとも)の拠点でもあったそうで。

実に様々な歴史の舞台となった場所なのです 正直、今回訪れて新たに知ったことが多かったです。

まだまだ周辺の土地では発掘調査が行われていて、今後、北条氏の興亡を示す史跡として整備されていくようです

今は、ハスの花が咲く端正な境内のお寺です。
画像
画像


次に、もう少し西の山沿いにあるお寺に訪れました。

こちらは、北條寺(ほうじょうじ)
画像

もちろん、こちらも北条氏と縁のあるお寺。

北条氏も、旧字体では北條氏と書きます。

北条時政の次男、第2代執権北条義時(よしとき)の創建だそうです。北条政子の弟でもありますね。

そして、北条義時といえば、源氏の三代の将軍亡き後、承久3年(1221年)の承久の乱(じょうきゅうのらん)後鳥羽上皇の朝廷軍を破って、鎌倉幕府の支配を確立させた人物。
画像
北條寺の境内にある、小四郎山という丘を登っていくと、そこに北条義時夫妻の墓があります。
画像

息子の第3代執権北条泰時(やすとき)によって、建てられたものだそうです。

この北条義時・泰時の父子によって、鎌倉幕府における北条氏の権力は決定づけられ、ここから完全に武家による政治が確立したと言えるのでしょう。

この地にいた頃は、まさか自分が全国へ号令をかける最高権力者になるとは思っていなかったのではないでしょうか。

小四郎山から韮山の風景を見下ろすと、今は住宅地となっていますが、かつてはこの辺り一面が北条氏の拠点であり、一族の心のより所だったのではないかと思います。
画像



最後に、韮山の史跡巡りをするのに、私達が宿泊した所を簡単にご紹介します。

韮山の隣には伊豆長岡温泉があります。その東側は、かつて古奈(こな)温泉と呼ばれ、約1300年の歴史を持つそうです。配流中の頼朝も入ったとか

そんな伊豆長岡温泉のホテル天坊
画像

高台にあるので見晴らしがいいのです。

昼間は、富士山が見えませんでしたが、早朝には部屋からこんな真夏の富士山が見えていました
画像

反射炉が世界遺産に登録されて盛り上がり、更に、頼朝の配流地北条氏の故郷の史跡を巡るのには、伊豆長岡温泉に泊って旅するのがいいのだろうと思いました。





<韮山の観光スポット> 
「祝世界遺産登録、韮山反射炉」 こちら
「蛭ヶ小島と北条氏の史跡」こちら
「韮山城址と江川邸」   ⇒ こちら




Nirayama, Izunokuni-city, Shizuoka, Japan

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 227

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
かわいい かわいい かわいい

この記事へのコメント

2015年08月30日 21:25
長閑な風景に建つ夫婦像、頼朝と北条政子の像でしたか。政子、政略結婚を跳ね除け、よくぞ頑張りましたね。
なかなかの女性です!(笑)

伊豆へは久しく訪ねていません。
ミクミティさんのレポートを拝見し、行ってみたくなりました。
こんな風に富士山が望めるのなら、尚更です。。。
HT
2015年08月30日 21:32
こんばんは。
あの時代のことは勉強不足であまりよく知らないのです。北条氏のこといろいろ教えていただきましてありがとうございました。こういう古いお墓がある所、好きと云うのも変ですが、訪ねてみたくなってしまいます。伊豆の方には昔時々行きましたがもう長い事行っていません。歴史が詰まった地ですから、ご紹介のホテルにでも宿泊しながらドライブにでも行って見たいです。
2015年08月30日 21:55
こちら房総半島には 頼朝伝説の地があちらこちらにあります。ここで鋭気を養って幕府立ち上げを目指したと言うらしいですが・・
3代で終わる源さんと違い北条さんは結束が強かったんですね。
NHKで片岡鶴太郎が演じた北条高時がとても面白かったです
2015年08月30日 22:00
こんばんは!
反射炉の近くの公園に源頼朝と北条政子の像が建っているんですね。10歳違いのご夫婦だったのですね。
平家が全盛時代、北条時政にとっては大事な娘を流人の頼朝に嫁がせるのは大変な決心が必要だったことでしょうね。でもそれが鎌倉幕府で北条氏が大きな力持つことなりましたね。
北条氏について詳しく説明頂き歴史で習ったことを思い出しながら拝見しました。
富士山が望める伊豆長岡温泉、一度行ってみたいものです。
2015年08月30日 22:37
こんばんは。

頼朝と政子ですね~。
私は時代的この時代はあんまり興味がないですが、それでも知ってます。
見てる先には富士山があるんですね。
色々と偲べる場所があるんですね。
勉強になります。
2015年08月30日 23:09
平家も武家だったので 武家政治のはじまりは平家とも言えるんじゃないかと思いますが、平清盛の優しさが鎌倉幕府を産んだんじゃないかと思う時もありまして。
当時の14歳といえば充分大人、処刑か出家かになっててもおかしくないです。
北条氏も最終的にこの婚姻を認めたところを見ると、頼朝の才覚を見極めていたのか しっかりしててもこれなら操れると思ったのか。
このあたりはあまり詳しくないので調べてみると面白いかもです。
やっぱり富士山は美しい。
世界遺産の反射炉や韮山遺跡での考察。
充実した夏の旅を過ごされたのが行間から伝わってきました。
2015年08月30日 23:18
そうですか。ここが
鎌倉北条氏の本拠地だったんですね。
鎌倉時代の歴史というと、
三浦氏とか比企氏とか、対抗勢力を
情け容赦なく滅ぼした北条氏のイメージが
強くて、判官びいきの私としては、
気になる点もありますが、
頼朝と政子の恋のエピソードは痛快で、
心惹かれるものがありますね。
府中市の大國魂神社の摂社の一つには、
頼朝が政子の安産を祈願したという
言い伝えが残っていますが、
この夫婦の人間臭い一面が、昔の人に
強い印象を残したのかも知れませんね。
2015年08月31日 08:59
何かの番組でミクミティさんの記事を辿っていました。頼朝さんと政子さんは10歳も違ったのですね~政子さんのほうがやり手の感じで年上妻のイメージがありました((+_+)) 北条氏の本拠地だったのですね~
何度もドラマなどで見た夫婦ですが、なかでも岩下志摩さんが演じられた政子さんが印象的で!
それが強さを感じられた所以かも((((^Q^)/
お泊りのホテルも良さそうですね。
伊豆方面は興味があります。行きた~い。
2015年08月31日 11:27
こんにちは

夏の富士山
今年は比較的よく見えたね
伊豆長岡は仕事で長年お世話になり
狩野川源流への徒歩旅行でも
じっくり楽しみました
成福寺の墓石のほとんどが
「南無阿弥陀仏」でしたね
親鸞さんの影響が色濃く感じました
街角に政子産湯の井戸もあって
驚いたことも・・・
2015年08月31日 19:29
北条政子、本で受ける印象は強くて魅力ある女性ですね。
夫婦の銅像があるんですね。後姿、とてもいいです。
韮山、伊豆長岡、いろいろ歴史があり、知っておくと訪れた時の見方も違いますね。
2015年08月31日 21:20
ハーモニーさん、早速のコメント有難うございます。

そうですね、北条政子はやはり凄い情熱と行動力のある女性だったのでしょう。歴史上でも圧巻の存在感
その恋愛も激しかったのだろうな思います。
伊豆は風光明美で温泉や食事も楽しめますよ。是非、また訪れて下さい
2015年08月31日 21:26
HTさん、早速のコメント有難うございます。

そうですね、私もお墓に限らず史跡巡りは好きですね。歴史上のできごとや風景や人物を想像するのが面白いのです
鎌倉時代の北条氏は実質的な権力者でありながら日本史的にはやや地味かもしれません。それ程ドラマや小説に取り上げられませんからね
それでも、日本の一時代をになった一族の興亡の地に触れるのは私にとっても実に興味深かったです。それから、温泉もいいですね
2015年08月31日 21:32
コマダムさん、早速のコメント有難うございます。

確かに房総半島にも源頼朝の伝説が結構ありますよね。三浦半島から船でそちらへ渡って、力を蓄えたのだと思います
様々な苦労を経験して天下を担うようになったのですね。
その点、北条氏は様々な策謀や政治で天下をかすめ取った印象。権力闘争は激しかったと思いますが、組織力はあったのでしょうね。
私も、大河ドラマ「北条時宗」を見ていましたよ
2015年08月31日 21:37
ekoさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、私も韮山反射炉と蛭ヶ小島が結びつかず、こんなに近いのかとびっくりしました。非常にのどかな田園風景でした。かつてはどんな風景なのか思いを馳せました
北条氏も頼朝と一緒に夢を見たのでしょうね。それを実現して自分達のものにしようとする野望が凄まじかったのだと思います。
富士山と温泉、北伊豆で両方味わえるのがいいところです
2015年08月31日 21:41
トトパパさん、いつもコメント有難うございます。

ここが頼朝と政子が結ばれた所と聞くと不思議な気分になります。実にのどかな田園風景。富士山を見ながら愛を近い、天下を夢見たのでしょうか
色々と思いを馳せてしまいます。
一方で、頼朝支えた北条氏もどんどん思いを広げていったのだろうなと思います
2015年08月31日 21:50
おーちゃんさん、いつもコメント有難うございます。

14歳の頼朝を島流しするので十分と平清盛は思ったのでしょうね。それだけ、京都から伊豆のイメージは湧かなかったのではないでしょうか。
まさか監視役の豪族たちも頼朝の味方になるとは。北条氏も頼朝と一緒に夢を見たのかなと想像します
北条義時が承久の乱に勝って、朝廷に全く口出しされない真の武家政治が始まったような気がします。その体制を作り上げたのが北条氏の抜け目ないところかなと思います
世界遺産の反射炉と頼朝・北条氏の史跡が一緒に回れるのがちょっと不思議で楽しく感じました
2015年08月31日 21:52
900年も昔、このあたりは京都から見るとかなりの辺境の地だったのでしょうね。源頼朝と北条政子の物語は心惹かれます。北条政子のおかげで鎌倉幕府ができたといってもいい感じですね。2人がここから見た風景はどういうものだったのでしょうね。
2015年08月31日 21:56
yasuhikoさん、いつもコメント有難うございます。

源氏が諸国で苦労して平氏と戦って獲得した天下を、政治力と策謀でかすめとった印象のある北条氏。凄まじい権力闘争を勝ち抜いていったところがちょっと陰湿なイメージを感じてしまうかもしれません。
とはいっても、鎌倉時代の日本を担った一族の本拠地を巡るのは実に興味深かったです。のどかな場所で富士山を見ながら頼朝の夢に乗っかったのかと想像します
その原点は、政子の情熱とエネルギーだったような気もします
2015年08月31日 22:06
nobaraさん、いつもコメント有難うございます。

おそらくその番組は、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」だと思います。蛭ヶ島茶屋の中に、そのロケの時の写真やサインがありました。杏さんがゲストだったようですね。彼女は大河ドラマで北条政子をやりましたしね。
とは言え、私も北条政子のイメージは岩下志麻さんでした。「草燃える」、非常に懐かしいです。また見てみたいなと思ってしまいます。
2015年08月31日 22:42
こんばんは 

静岡県には歴史にまつわる事が満載でございますね。
北条政子は行動力があって後々に尼となって政治に大きく関わった女性として薄く記憶にあるのですが間違っていましたら 申し訳ございません。

苦手な歴史がミクミティさんのお蔭で少しずつ理解でき勉強になります。
訪れる機会があれば是非足を運んで見たいですぅ。
ありがとうございました。
2015年09月01日 11:48
こんにちは!
子供の頃に読んだ伝記の影響からか、源義経と武蔵坊弁慶が好きで源義朝が好きではありませんでした。
その後いろいろ知ることになり、弟であっても征伐しなくてはならない時代の違いを感じました。
仲睦まじい二人の銅像を拝見しながら、兄としてどんな思いだったのか想像して辛くなりました。
義経と静御前の銅像はどこかにあるのでしょうかしら(笑)
2015年09月01日 12:33
韮山では反射炉のみとなってしまい
他にこんな場所があったのですね。
もう少し調べてから行けばよかったと今更ながらに
残念に思っています。
韮山の田園、いい風景ですね。ホッとしますよ。
2015年09月01日 20:17
無門さん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、朝方は夏での富士山が見えることが多かったような気がします。伊豆長岡は無門さんにはお馴染ですね。韮山には、頼朝や北条家の由来があるお寺が幾つもありますね。
成福寺はその一つ。更に、願成就院の近くには北条政子の産湯の井戸がありますね。私ももっと訪れて取り上げたかったのですが、とにかく暑かったです
2015年09月01日 20:28
はるるさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、北条政子は非常に強い女性として知られていますよね。もちろん本当の姿は分からないのですが、頼朝を支え鎌倉幕府の立役者の一人だったと思います。更に、夫亡き後は「尼将軍」と言われたのですから。
こんな夫婦の銅像は実に微笑ましかったです
あらためて韮山・伊豆長岡には歴史に溢れているなと思った次第です。
2015年09月01日 20:38
かるきちさん、いつもコメント有難うございます。

そうですよね、伊豆は京都から見れば凄い僻地と思われたのでしょう。韮山は今ものどかな田園風景が広がっていました。かつては島のような風景だったのでしょう
確かに、頼朝と政子の二人の力に引き寄せられるように人が集まり鎌倉幕府ができたような気もしますね
2015年09月01日 20:43
やっとさん、コメント本当に有難うございます。

そうですね、ここ韮山は伊豆の国の中心として多くの歴史が残っていました。特に、ここは頼朝と北条氏の結束の原点。あらためて感じました。
頼朝亡き後は尼将軍となって幕府を率いるのですから、凄い女性だったのだと思います
私も当地へ訪れて、なるほどと思う事が多かったです。
2015年09月01日 20:54
うふふさん、いつもコメント有難うございます。

そうですか、確かに頼朝は冷淡で厳しいリーダーという印象がありますね。親や兄弟といえども信用できない、権力争いの中で生きてきたからでしょうか
義経は全く違う環境で弟の一人。心は許していなかったのでしょうね。
但し、政子との関係は揺るぎないものだったような気がします。義経と静御前の銅像はどこかにあるのでしょうか 私も分かりません
2015年09月01日 20:57
ゆうさん、いつもコメント有難うございます。

韮山は、かつての伊豆の国の中心だったという事がよくわかりました。更にここから全国的な存在になる人が何人も。まだまだこれから整備されている史跡もあるようです
私もまた訪れてみたいです。
2015年09月02日 00:42
都からはるか遠くの韮山で北条政子と出会って恋愛を成就させた頼朝という人のことは詳しくわかりませんけど、政子の情熱を感じています~♪
当時でも自分の意思を通す女性がいたことにすっきりしました~(笑)。
2015年09月02日 08:44
田園風景の中、遠くを見つめるの夫婦の銅像。何だろう?、興味をそそるブログの構成、いつもながら感心しています。どうせ公開するなら訪問してくださる方に興味を持っていただく工夫をする、大事なことですね。その点、私のブログは、ぶっきらぼう、反省しています。
2015年09月02日 11:34
>韮山は様々な歴史舞台になった場所
今回は平安から鎌倉時代を特集ですね。
北条政子は鎌倉幕府の実権を握り「尼将軍」と呼ばれその時代の女性では初めてでしょうね。
今、宮尾登美子の義経を読んでいます。平家と源氏の時代を残した場所を尋ねてみたいものです。
2015年09月02日 20:25
komichiさん、いつもコメント有難うございます。

韮山にある蛭ヶ小島、ちょっとイメージが違ったのですが、ここが当時の流刑地かと思うと不思議な気がしました。田園風景はとてものどかでした。
一方で、頼朝と政子にとっては出会いと結婚の思い出の地。ここから日本を揺るがす歴史が始まったと思うと面白い気がします。
凄い女性だったのでしょうね
2015年09月02日 20:35
茜雲さん、いつもコメント有難うございます。

いえいえ、たいそうにお褒め頂き嬉しいです。ただ、この頼朝と政子の銅像が微笑ましくインパクトがあったので冒頭に取り上げました。本当は富士山が見えるともっとよかったのですが。
ブログには皆さんそれぞれのスタイルがあって、それがまた個性で面白いのだと思いますよ
2015年09月02日 20:38
みなみさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、平安時代末から鎌倉時代の成立まで、その時代の転換はここ韮山からはじまったと言っていいでしょう。頼朝も政子がいたからこそ源氏復興を達成できたのではないかと思ってしまいます
頼朝亡き後も尼将軍として鎌倉幕府を率いたわけですから、凄い女性だっと思います
平家と源氏の興亡の伝説の地、全国各地にありロマンがありますよね。私も巡ってみたいです。
tami
2015年09月02日 21:25
こんばんは。
その辺のところはまったく知識がありませんでした。
教科書とかに載ってないでしょう。
平氏との戦いの前に頼朝は北条政子と結婚していたのですね。
これで政略結婚なんでしょうかね。
記事にしていただいて一生知ることのない知識を得ました。
2015年09月02日 21:54
tamiさん、いつもコメント有難うございます。

いや~、教科書ですか。載っているような、いないような 教科書よりも歴史ドラマや小説で出てきますね。
NHK大河ドラマ「平清盛」でもそんなシーンがありました。なんとなく、北条政子だけは強い意志と情熱を持つ女性で政略結婚ではないと思いますが、、。
伊豆半島には二人の伝説が各地に残っています。もちろん鎌倉にも。
そういえば、「北条時宗」もNHKの大河ドラマでやりました。大河ドラマで興味を持った歴史も結構ありますね。
2015年09月02日 23:13
こんばんは。
拝見していますと数年前、NHK大河ドラマの源頼朝と北条政子を思い起こします。
北条氏ゆかりの地と伊豆と言えば温泉で良い旅をなさいましたね。
2015年09月03日 15:15
こんにちは。
遠く富士山を望む若き日の頼朝と政子、後に武家社会を確立し鎌倉幕府を創った事を彷彿させる様な像ですね。歴史には疎く、北条のルーツはよく知りませんでしたが、今回の記事でよく分かりました。何時もながらに参考になる記事ばかり、興味をもって拝見しました、ありがとうございます。
2015年09月04日 20:19
源頼朝と北条政子の夫婦の立像だったのですね!誰だろう?と引き込まれました…。実に導入部分も時代への流れも優しく説いてくださり、知らない歴史を教えていただきました。
蛭ヶ小島に流されたというので、海の孤島と思ってましたが、富士山の見える韮山近くだったのですね。
歴史には疎いのですが、テレビドラマで岩下志麻の北条政子は40年近く前の大河ドラマ「草燃える」を記憶しています。「北条時宗」はもう15年前でしょうか、福岡での元寇は良く知らなかったのでしっかりと見ました。
ミクミティさんがこうして纏めてくださると、歴史も興味深く面白くなります!!
富士山の見える伊豆長岡温泉に泊って旅をしてみたいものだと思いました。

2015年09月04日 22:59
みっちゃんさん、コメント有難うございます。

数年前のNHK大河ドラマといいますと、「平清盛」ですかね。主役ではないですが、源頼朝と北条政子が登場していましたね。私も見てましたよ。
世界遺産の反射炉で盛り上がる北条氏のゆかりの地。お陰さまで温泉でも楽しめました
2015年09月04日 23:05
毎日日曜人さん、いつもコメント有難うございます。

そうですね韮山の田園地帯の一角に蛭ヶ小島はあります。ここから鎌倉幕府が生まれたのかと思うと不思議な気持になります。当時、こうやって二人は富士山を眺めただろうなと思います
源頼朝とともに北条氏にとっても、ここでの出会いが無ければ歴史は違ったものになったでしょう。
そんなことを思いながら史跡を巡るのは面白いものですよ。褒めて頂き嬉しいです
2015年09月04日 23:14
みっきいさん、いつもコメント有難うございます。

実は私もかつて蛭ヶ小島は伊豆のどこかの島だと思っていました。韮山の田園風景の一角にある史跡を見るとかなりイメージが異なりました。やはり、地形もだいぶ変わっているのだと思います。ただ当時から富士山は見えたのでしょうね
大河ドラマ「草燃える」は私も覚えています。子供の頃でした。もちろん、「北条時宗」も。鎌倉北条氏は日本史としてはちょっと地味ですが、やはり一時代を作った一族だと思います。武家の時代を100年以上固めたのですから。
そんな北条氏の興亡の史跡を回りながら、温泉も楽しめるのですからとっても充実した旅でした。

この記事へのトラックバック