山の中の「松平家墓所」
会津武家屋敷を出て、目の前の東山街道を東山温泉へ向かいます。するとすぐに、「歴史と湯の街 東山温泉 ”歓迎”」と書かれたこんな看板が現れます。
普通は迷わず温泉に行くのかもしれません
。でも、私は東山温泉の手前の道を左に曲がって、山の中へ入って行きます。
しばらく歩くと、こんな山への入口が。
ここからが、会津藩主松平家墓所。通称、「院内御廟(いんないごびょう)」。国指定の史跡です。
山道を登って森の中へ入って行きます。
墓所の全体像はこんな感じです。これが広いんです
。
面積は約15万平方メートル
山の中の広大な敷地に、歴代の会津藩主が眠っています。
2代藩主、松平正経(まさつね)公から、9代藩主 松平容保(かたもり)公まで。そして、藩主の正室・側室、子女のお墓が並びます。
ちなみに、初代会津藩主、保科正之(ほしな まさゆき)公のお墓はここではなく、猪苗代の土津神社(はにつじんじゃ)にあるのですが。
まず、山道の左手に現れるのが、歴代松平家愛馬之墓
。
更に階段を登って行くと、急に開けた空間が
。
ここにあるのが、初代正之公の嗣子である正頼(まさより)公の墓。まさに静謐そのもの。
明暦3年(1657年)没。江戸の町を焼き尽くしたあの明暦の大火
の直後に、風邪を引いて亡くなってしまったとのこと。
自分より早く亡くなってしまった我が子のために、この院内山(いんないやま)を切り開き、墓所を作ったのがこの御廟の始まりだそうです。
更に、山の中を歩いて進みます。
午後の日が落ちかけた頃。ひっそりとしたこの空間は、本当に神聖な雰囲気でした。
こんな看板の指示通りに歩いていくと。
ようやく、また開けた場所に出ます。ここが、入峰墓所。
大きな碑石が、ずらっと並びます。
こうやって見るとその大きさが分かると思います。(座っているのは、私の友人。)
碑文には、故人の姓名・生い立ち・経歴・業績などが詳細に彫られています。
良く見ると、この碑石の下部にはそれを支える亀石が置かれています。
死者をお守りする創造の動物。どの亀も北の方角を向いています。
この碑石の後ろの高台には、二つの石灯篭が並び、その奥に故人の名前と官位が書かれた表石(ひょうせき)があり、またその奥に遺体を葬った円墳があって鎮石(ちんせき)が置かれています。
この方式は神式で、3代藩主松平正容(まさかた)公以降の藩主は、神式で葬られています。
ちなみに、2代藩主、正経(まさつね)公や藩主の家族のお墓は仏式とのこと。
徳川家御家門である会津藩の格式と威厳をあらわす、本当に壮大かつ荘厳な景観です
。
そして、一番左端のまた一つ石段を登った所にあるのが、第9代藩主、松平容保公の墓所。最後の会津藩主で、明治26年(1893年)に亡くなられた。
比較的新しい白い碑石と石灯篭。
表石も白く、「正三位 松平容保之墓」と彫られています。
美濃高須藩から養子で会津藩主となった容保公。
幕末に京都守護職となり新撰組を傘下に持ち、幕府の為に尽くした。孝明天皇からも絶大な信頼を得ながら、戊辰戦争では薩長軍に朝敵として攻められ、会津藩の悲劇を経験。明治に入って、日光東照宮の宮司となる。
そんな激動の人生を歩まれました。
来年の大河ドラマ「八重の桜」にも登場します。綾野 剛(あやの ごう)さんが演じます。
江戸時代の歴史へ思いを馳せながらお参りしました。
更に、松平容保公の墓所の左脇には、「松平家之墓」があります。
すなわち現代の松平家の方々の墓所です
明治・大正・昭和・平成と、近代・現代でも名族として各界で活躍される会津藩主の家系の方々が葬られています。正面のモミジが綺麗でした
。
以上、院内御廟には、江戸時代初期から脈々と続いてきた名門会津藩の魂が鎮座し、まさにスケールの大きい聖域といった空間が保たれています
。
今回訪れた時は、私と友人の二人だけ
もし、私ひとりだったら、この神聖な空気と静けさに押し潰されていたかもしれません。
最後に、御廟内でこんな標識を見つけました。
「松平家御廟の森」。
そう、ここは神聖な空間でありながら、自然の宝庫
。
もちろん、晩秋の季節は、重々しい森の中のあちこちに、鮮やかに映える紅葉を見かけます
。
すなわち、ここは神聖な歴史だけではなく、自然も楽しめる充実の史跡ですね。
しかも、温泉のすぐ近くなのです
。
以下、2012年秋、私の会津若松の旅シリーズです。
第1話: 会津若松で大河ドラマの予習を!! (会津若松駅・新島八重生誕の地)
第2話: 晩秋の会津武家屋敷へ
第3話: 山の中の「松平家墓所」
第4話: 鶴ヶ城 Day & Night
第5話: 飯盛山から見えたもの (白虎隊)
第6話: 猪苗代湖畔の英雄 (野口英世記念館)
第7話: 会津磐梯山麓に眠る名君 (土津神社)
第8話: 会津若松の通りを散策(野口英世青春通り、七日町通り)
普通は迷わず温泉に行くのかもしれません
。でも、私は東山温泉の手前の道を左に曲がって、山の中へ入って行きます。しばらく歩くと、こんな山への入口が。
ここからが、会津藩主松平家墓所。通称、「院内御廟(いんないごびょう)」。国指定の史跡です。
山道を登って森の中へ入って行きます。
墓所の全体像はこんな感じです。これが広いんです
。面積は約15万平方メートル
山の中の広大な敷地に、歴代の会津藩主が眠っています。2代藩主、松平正経(まさつね)公から、9代藩主 松平容保(かたもり)公まで。そして、藩主の正室・側室、子女のお墓が並びます。
ちなみに、初代会津藩主、保科正之(ほしな まさゆき)公のお墓はここではなく、猪苗代の土津神社(はにつじんじゃ)にあるのですが。
まず、山道の左手に現れるのが、歴代松平家愛馬之墓
。更に階段を登って行くと、急に開けた空間が
。ここにあるのが、初代正之公の嗣子である正頼(まさより)公の墓。まさに静謐そのもの。
明暦3年(1657年)没。江戸の町を焼き尽くしたあの明暦の大火
の直後に、風邪を引いて亡くなってしまったとのこと。自分より早く亡くなってしまった我が子のために、この院内山(いんないやま)を切り開き、墓所を作ったのがこの御廟の始まりだそうです。
更に、山の中を歩いて進みます。
午後の日が落ちかけた頃。ひっそりとしたこの空間は、本当に神聖な雰囲気でした。
こんな看板の指示通りに歩いていくと。
ようやく、また開けた場所に出ます。ここが、入峰墓所。
大きな碑石が、ずらっと並びます。
こうやって見るとその大きさが分かると思います。(座っているのは、私の友人。)
碑文には、故人の姓名・生い立ち・経歴・業績などが詳細に彫られています。
良く見ると、この碑石の下部にはそれを支える亀石が置かれています。
死者をお守りする創造の動物。どの亀も北の方角を向いています。
この碑石の後ろの高台には、二つの石灯篭が並び、その奥に故人の名前と官位が書かれた表石(ひょうせき)があり、またその奥に遺体を葬った円墳があって鎮石(ちんせき)が置かれています。
この方式は神式で、3代藩主松平正容(まさかた)公以降の藩主は、神式で葬られています。
ちなみに、2代藩主、正経(まさつね)公や藩主の家族のお墓は仏式とのこと。
徳川家御家門である会津藩の格式と威厳をあらわす、本当に壮大かつ荘厳な景観です
。そして、一番左端のまた一つ石段を登った所にあるのが、第9代藩主、松平容保公の墓所。最後の会津藩主で、明治26年(1893年)に亡くなられた。
比較的新しい白い碑石と石灯篭。
表石も白く、「正三位 松平容保之墓」と彫られています。
美濃高須藩から養子で会津藩主となった容保公。
幕末に京都守護職となり新撰組を傘下に持ち、幕府の為に尽くした。孝明天皇からも絶大な信頼を得ながら、戊辰戦争では薩長軍に朝敵として攻められ、会津藩の悲劇を経験。明治に入って、日光東照宮の宮司となる。
そんな激動の人生を歩まれました。
来年の大河ドラマ「八重の桜」にも登場します。綾野 剛(あやの ごう)さんが演じます。
江戸時代の歴史へ思いを馳せながらお参りしました。
更に、松平容保公の墓所の左脇には、「松平家之墓」があります。
すなわち現代の松平家の方々の墓所です

明治・大正・昭和・平成と、近代・現代でも名族として各界で活躍される会津藩主の家系の方々が葬られています。正面のモミジが綺麗でした
。以上、院内御廟には、江戸時代初期から脈々と続いてきた名門会津藩の魂が鎮座し、まさにスケールの大きい聖域といった空間が保たれています
。今回訪れた時は、私と友人の二人だけ
もし、私ひとりだったら、この神聖な空気と静けさに押し潰されていたかもしれません。最後に、御廟内でこんな標識を見つけました。
「松平家御廟の森」。
そう、ここは神聖な空間でありながら、自然の宝庫
。もちろん、晩秋の季節は、重々しい森の中のあちこちに、鮮やかに映える紅葉を見かけます
。すなわち、ここは神聖な歴史だけではなく、自然も楽しめる充実の史跡ですね。
しかも、温泉のすぐ近くなのです

。以下、2012年秋、私の会津若松の旅シリーズです。
第1話: 会津若松で大河ドラマの予習を!! (会津若松駅・新島八重生誕の地)
第2話: 晩秋の会津武家屋敷へ
第3話: 山の中の「松平家墓所」
第4話: 鶴ヶ城 Day & Night
第5話: 飯盛山から見えたもの (白虎隊)
第6話: 猪苗代湖畔の英雄 (野口英世記念館)
第7話: 会津磐梯山麓に眠る名君 (土津神社)
第8話: 会津若松の通りを散策(野口英世青春通り、七日町通り)



















この記事へのコメント
松平家のこと詳細に教えていただきました。そして現代もそこに子孫も一緒に墓所があるとは思いませんでした。
素晴らしい自然の中にあるのですね。こんな処を歩いていると、一人ではちょっと行けれないようなところですね。お友達もいらして良かったですね。
ありがとうございました。
いよいよ冬。
コタツの中で院内御廟、国指定の史跡公園散策です。
いやいや贅沢な散歩をさせてもらって朝から御機嫌にな~るほどまるで違う世界に飛び込んだ様で驚いてしまいました。大きな碑石の奇景?など昔の知恵や考え方の大きさにも・・・・。それに
東山温泉にはお気に入りの定宿が有りますが、震災の後行っていないとも・・。
いやいや何時もながらの楽しさを有り難う。
廟全体が歴史の教科書ですね
亀(玄武)に乗ったいしぶみは
中国の孔子林などを
想い出され影響などを
考えさせられますね
地元の方も遠慮されて、
人が少ないのかと思いますが、
実は、美しい紅葉の見られる
隠れ名所なんですね。
愛馬を大切にしているのが印象的です。
ミクミテイさんならではの所に行かれましたね!
会津の紅葉は終わったかと思っていましたが11月の連休にこんなに綺麗な紅葉が見ることが出来るのは驚きです。
お友達が座って居られるので碑石の大きさが良く分かります。
会津藩松平家の偉大さが良く表われていますよね。
お墓の大きさ・・権威の象徴に感じます。
1人では緑の百景も少々勇気がいりそうです。
静か過ぎる場所で人に会うと怖い!感じ。
でも亡くなった父は何時も言いました。
「お墓は怖くないんだよ!神社の方が怖いから!」
お墓が野道に有ったので…今はすっかり様変わり。
松平家墓所は東山温泉の手前。
私たちが訪れた時は本当にひっそりしていました
本当に荘厳な空間で圧倒されました。自然に囲まれて、何百年も神聖な場所としてあり続けたんだなと思います
山の中にある広大なお墓。本当に壮大で神聖な空間でした。何百年も、そしてこれからも続いていくんですね。会津藩主の魂はこうやって永遠に残っていくんだなと感じました。
友人と一緒に見れてよかったです。ちょっと一人だけだと怖かったかもしれません
ここ松平家墓所は日常を超越した神聖な空間でした
そんな壮大な歴史と大自然に囲まれて、不思議な満足感がありました。
ただ、実は東山温泉には行ってないんです。本当に手前まで。いつかゆっくりと行ってみたいです
そうですね、ここでは荘厳な歴史を感じました。基本的には仏教と神道の影響があるとのこと。実際は色んな文化の融合でできたと思います。亀(玄武)は古代から神聖の象徴ですね
そして、広い空間と大きな石が威厳と格式を現わしていました
松平家墓所は新緑や紅葉の時期には観光客や参拝者も訪れるスポットとのことです。もちろん私は歴史散策
それでも私たちが訪れれた時は本当に広大な空間に2人だけ。太陽の光が差していましたが暗くなったら本当に怖そう
山の自然に囲まれた広大な墓所です。紅葉はあちらこちらに見かけました
友達はここへ来るまでの登山でちょっとお疲れでした
松平家だし幕末まで続いたのですからこんな広大な墓所になるのですね。
一人じゃ怖いです。
確かに会津藩は徳川の御家門。何についても将軍家に次ぐ格式や威厳を保っていたはず。そんな別格の空気がここに維持されているようでした。
本当に神聖な雰囲気だったので、友人と二人で来てよかったです
一人ではちょっと怖いです
そうですね、会津松平家はやはり徳川御家門。江戸から現代まで名門の家系です。だからこんな神聖で荘厳な墓所があるんですね
一人だけだと確かに怖いでしょう
大君の信頼厚く 一生懸命忠義を捧げていたのに朝敵となり、また白虎隊の悲劇。
後半生は祈りを捧げる日々だったのでしょうか。
そんなことを読ませてもらいながら考えてました。
そうですね、松平容保公は最後の会津藩主。本当に激動の人生を歩まれましたよね。私もお墓の前でそんな歴史に思いを馳せました
明治に入って、祈りを捧げながら名誉も回復されましたよね。ただ孝明天皇の辰韓をずっと手放さなかった。一途な強い思いを持った方だったのですよね。
このような山奥に、立派なお墓があるのですね。それもあまりの大きさに驚きます。
もちろん、温泉に入られましたね。
紅葉も綺麗ですね。色が鮮やかです。
最後に紅葉の写真が出てきたりするのも、料理の飾り葉のようでいいですね。
歴史の勉強をさせていただきました。ありがとうございました。
確かに、ここ松平家墓所へ行く人は歴史好きでしょうね。ここには荘厳で壮大な歴史がありますよ。そしてそれを想像させてくれます
実は東山温泉には行かなかったんです。正直、温泉より歴史的史跡をじっくり味わっていたかったのです。やっぱり変わってますかね
いえいえ、単に好きなだけで自分も初めて知った歴史的なことなどをまとめているだけです。それが楽しくて。
紅葉の写真はもっとうまく撮れればいいのですが
久能山東照宮ですか。私も昨年行きました。すごくいい思い出になっています。茜雲さんの写真がまた楽しみです
ここは本当に広大な御廟です。山の中に広がる神聖な空間に崇高なものを感じます。なかなかこういう場所はないのではないかと思います
そして、その中に現代の松平家のお墓があって、名家の流れは今でも続いているなとあらためて感じます。
私も一人ではちょっと怖かったと思います
時間帯によってはもっと人がいるはずなのですが。
歴史の変遷が山のようにありますね!
次回も楽しみ
白虎隊?東山温泉?
いい旅されてます。
昔、子供の頃祖父から白虎隊の話よく聞きました。
でも何も覚えていません。
私、宇都宮出身です。
会津出身のお嫁さんのいる親戚もいました。
宇都宮の殿様のお墓は小さいです。
実家と同じお墓なのです。
何の関係もありませんね。
紅葉も美しいです!
最近、墓所めぐりする機会が増えています。歴史上の人物のお墓の前に立って、その方の生涯や歴史に思いを馳せるのです。不思議な感覚になります。
次ですか
まだ会津のシンボルが登場していません。それを紹介します
この会津藩主松平家墓所のスケールは凄いと思いました。壮大かつ荘厳な空間は、徳川御家門の格式の高さを物語っていると思います。ここではそんな雰囲気にどっぷりと浸かれます。紅葉も楽しめましたし
そのうち白虎隊のことも記事にしますよ
以前、埼玉の平林寺を訪ねた際に松平川越家の墓所を見ましたが、そこも大変立派でした。
先日、NHKのBSで新島八重役の女優、綾瀬はるかさんが会津付近を訪ねる番組をやっていましたが、彼女の天然にはこけてしまいそうになりました。
どんな新島八重になるか興味津々です。
雑駁な小生では、およびもつきません。
歴史と自然がいっぱいなのですね。
碑石の大きさには、驚きました。
すごいサイズですね。実際にみれば迫力もあるでしょうね。いやはや、驚きです。
とても寒い週末となりましたね・・
墓所も全国色んな姿があるもんなんですねぇ~
絶景を眺めるお姿をあれこれと
想像させて頂きました。笑い
次回を楽しみにしています。
そうですね、松平川越家の墓所も立派でしょうね。行ってみたいです。会津松平家は、現代まで脈々と名家として続いています。そんな歴史の重みも感じました
綾瀬はるかの演技、来年一年間楽しませてもらいたいです
記事を褒めて頂き嬉しいです
私も、自分が知ったことや発見したことをまとめているだけですよ。少しでも覚えていたいので
松平家墓所の碑石、大きいですよ。ただ大きいだけでなく、歴史と格式の荘厳さで満ちています。
神聖な空間で、その重みを味わってました
そうですね、墓所も色々。ここ会津松平家墓所は、壮大で荘厳な景観を持つ神聖な場所でした
私の姿を想像してくれましたか。いやいや、それだけで恥ずかしいです
碑石の大きさと不思議な形にビックリしますね!
亀石の背中に、屋根付きの石!まさにバロック!
松平家墓所の碑石、大きくて荘厳です。やはり神がかったものがあります。そんな驚きに共感して頂き嬉しいです