「歴史の旅&外出」の記録

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zoom RSS 雨の中の知覧武家屋敷と知覧特攻平和会館

<<   作成日時 : 2018/02/17 20:58   >>

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鹿児島市街でレンタカーを借り、薩摩半島を南へ南へとドライブしました。

雨の中、かなり起伏のある道を走って着いたのがこちらでした。
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目指していたのは、南九州市の知覧(ちらん)町。
「薩摩の小京都」と呼ばれるこの地にある武家屋敷を散策するために。

そんな武家屋敷がある通りが、この橋を渡ったところの先から約700mに渡って続いています。
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知覧の武家屋敷通りはこんな感じ。緩やかな曲線を描く道が、この日は雨に濡れていました
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石垣と奥行きのある生垣が非常に端正に整備され、実に上品で格式のある雰囲気を感じました
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さすが、日本の道100選に選ばれた通り。

各屋敷がしっかりと区分けられ、それぞれプライバシーが確保されているように思えました。

雨に打たれた石垣をアップで眺めると、緑に包まれた様子にも味わいがあるなと。
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幾つかの屋敷が公開されています。こちらは、旧高木(たき)家住宅。
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立派な門の屋敷もあります。どう見ても、上級武士の屋敷だなと思います。
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当然ながら、知覧の武家屋敷群は重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

そもそも、薩摩藩は領内を102から113の外城(とじょう)と呼ばれる地区に分けて統治していて、その外城の中に麓(ふもと)と呼ばれる地頭や領主の武家集落があったそうです。

知覧の武家屋敷も、そんな麓の典型的な例とのことです。

もとは、藩主島津家の分家筋の佐多(さた)家が地頭を務めていたそうですが、途中から島津姓を名乗ることが許され領主に格上げされたことで、この立派な武家屋敷群が造られたのではないかとされています。

ただ、ここが有名なのは、その武家屋敷群の庭園が素晴らしいこと。現在、7つの庭園が公開されています。

こちらは、佐多直忠(さた なおただ)庭園
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江戸時代中期の作庭とのこと。雨が強くて、本来は枯山水の庭なのですが、地面に雨水が流れていました

佐多美舟(さた みふね)庭園。寛延4年(1751年)の造園とか。
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佐多民子(さた たみこ)庭園
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巨石奇岩が端正に積み重ねられています。

それぞれ、大きくはないですが手の込んだ優雅で趣ある造りの庭園。また、随所に琉球文化の影響もあるのだとか。国の名勝に指定されています。

特に素晴しいなと思ったのは、知覧町の北東部の母ヶ岳(ははがたけ)を借景にした庭園。
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平山克己(ひらやま かつみ)庭園

こちらは、平山亮一(りょういち)庭園。サツキの大きな刈込みが印象的です。
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現在でも手入れが行き届いているからこそ、今この美しさが楽しめるのですね。特に、5月は素敵なのでしょう。

一方で、この知覧の武家屋敷群と庭園は、別の顔を持っています。

この池泉式の森重堅(もり しげみつ)庭園に見覚えのある方がいるでしょうか
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NHK大河ドラマ「西郷どん」の第4回で、沢村一樹さん演じる赤山靱負(あかやま ゆきえ)が切腹するシーンは、この庭で撮影されました

更に、通りを西から東に見たこの風景は、何度も「西郷どん」に登場しています。
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同じく第4回の最後に、島津斉彬が藩主となってお国入りするシーンもここでした。沢山のエキストラの人がここに並んだはず

お気付きの方もいると思いますが、この通りは子供達や郷中の人達が行きかう場所として第1回からほぼ毎回ドラマに出てきます。


すなわち、ここは大河ドラマ「西郷どん」のロケ地でもあるのです

ただ、実際は舗装された道なので、テレビでは画像を加工しているのかと想像します。

この家もいかにもドラマの中の西郷家に似ているなと思ったりしますが。
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おそらく、実際は東京渋谷のセットだろうな思います。

この日は雨が強くて、妻はそうそうに武家屋敷見学を切り上げ、こんなカフェでコーヒーを飲んでいました。
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他にも食事処もあり、これらも知覧の武家屋敷群の魅力かもしれません。

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さて、知覧に訪れたなら、もう一つの必ず訪れるべきところがあります。数キロ先なので、また車に乗って向かいました

雨は更に強くなっていました。この建物が目的地です。基本的に、内部の見学がメインです。
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ここが知覧特攻平和会館

ご存じの方も多いでしょう。重くて辛い歴史の展示がまさに胸に突き刺さる場所です。

もともと、日本最新鋭の陸軍飛行場がここにあったのですね

第二次世界大戦の末期、ここがあの特攻隊の最大の出撃基地だったとのこと。薩摩半島南部のこの地は本土防衛の最前線の役割を担ったのです。
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館内は撮影禁止

未成年を含め若くして戦死した特攻隊員の遺影と遺書や手紙があまりに沢山展示されていて言葉もありません。

当たり前ですが、直筆の遺書をこんなに見るのはここでしかありえない体験

お国のためという勇ましい言葉、家族、特に母親への最後の言葉、悲しさをはっきりと現わした言葉。それぞれが胸に染みます。約70年前の本物の若者の言葉ですから。

少年飛行兵とか学徒出陣という言葉にも悲しさや虚しさを感じますね。

その他にも、幾つもの当時の遺品や写真や影像の記録などなど、日本のあの戦争の歴史を生々しく伝えていました。

海底から引き揚げられた零式艦上戦闘機、いわゆる零戦(ぜろせん)の展示もあります。
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その他、四式戦闘機、疾風(はやて)の現存機もありました。

館外には、一式戦闘機、隼(はやぶさ)のレプリカも。
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平成19年(2007年)の映画「僕は、君のためにこそ死ににいく」の撮影に使われたそうです。

また、特攻隊が出撃するまでに過ごした半地下の三角兵舎も復元されていて、当時の様子をリアルに想像させてくれます。
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膨大な展示物と記録の数々、心していましたが本当に圧倒されました。

ここは、やっぱり訪れて感じるべき場所だなと思いました。

この知覧特攻平和会館には、次から次へと観光バスが到着して、見学客が絶えません。鹿児島市街からもかなり遠い場所ですが、こんなにも人が多いのかとびっくりしました。

だから、売店もありまして。妻は、全国有数のブランド茶にして、ここ知覧特産の知覧茶を購入していました。
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ここで美味しいお茶を買えるって、なんと平和で幸せなことなのかとしみじみ感じました

陸軍の飛行場だったこの敷地に、今は野球場や武道館やプールなど、スポーツ施設が数々あって、この時代に生まれたこと感謝をしなくてはと思った次第です。



最後に、私がこの日、知覧を訪れた時はずっと激しい雨でしたが、翌日の晴れ間の様子を少しだけ

ここは、知覧町の中心からは少し離れた指宿スカイライン上にある知覧展望台です。
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そこからの景色は、こんな感じです。
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錦江湾に浮かぶように見える桜島。噴煙でしょうか雲でしょうか。おそらく両方かと。

南から眺める桜島は、鹿児島市街から見る桜島とは少し違うなと思いながら、またまた平和っていいなと思いました。





秋の鹿児島旅行。観光スポットをまとめた私のレポート、よかったらご覧下さい。

1.「西郷隆盛銅像と展望ホール・K10カフェ」 ⇒ こちら
2.「薩摩の歴史ロード・維新ふるさとの道と下加治屋町」 ⇒ こちら
3.「秋の仙巌園の菊と尚古集成館」 ⇒ こちら
4.「旧鹿児島紡績所技師館(鹿児島の異人館)」 ⇒ こちら
5.「桜島ショートトリップ(サクラジマ アイランドビュー)」 ⇒ こちら
6.「城山公園、南洲墓地、西郷南洲顕彰館、福昌寺跡」 ⇒ こちら
7.「知覧武家屋敷と知覧特攻平和会館」 ⇒ こちら
8.「指宿の海岸、魚見岳、知林ヶ島、白水館」 ⇒ こちら
9.「開聞岳、長崎鼻、西大山駅、池田湖」 ⇒ こちら
10.「秋の霧島神宮の鳥居」 ⇒ こちら



Chiran, Kagoshima, Japan

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コメント(40件)

内 容 ニックネーム/日時
行きました!知覧。
懐かしく拝見しました。
特攻隊会館も忘れていません。
僕のために喪服なんて着ないでください、という
手紙もありました。
本当に戦争はいやです。
世界平和が1番ですね。
ROKO
2018/02/17 22:47
こんばんは!
知覧武家屋敷と特攻平和会館と両方行ったことがあります。どの写真も懐かしく拝見しました。
武家屋敷は大きな庭は無くてもそれぞれにお手入れが行き届いて綺麗でした。雨で残念でしたがそれもまた風情があって良いものですね。
知覧特攻平和会館は、言葉もなくただ戦争で若い命をお国のためにささげた人々の遺品を眺めてきました。今の平和がいかに大切か認識してきました。涙なしでは見られない場所です。
知覧展望台からの眺めは素晴らしいですね。
eko
2018/02/17 23:03
こんばんは。

知覧、いいですね。
行ったことないんです。
知覧特攻平和会館は、是非行ってみたいと長年思ってます。
知覧は今は南九州市になるんですかね。
トトパパ
2018/02/17 23:36
知覧、私は現役時代、40代に訪れたことがあります。仲間と一緒でしたが、武家屋敷も印象に残っていますが、どこかで説明を受けた話に胸が締め付けられました。「この鴨居の傷跡は、明日特攻を命じられた隊員が刀を振り振りかざした時の傷です」
茜雲
2018/02/18 08:46
知覧にも行かれましたか?
せごどん、多くのロケがここで行われて?
端正な街並みですよね。私も何度か参りました。
それと知覧特攻平和会館、胸が詰まりますよね。
錦江湾を挟んで対面に鹿屋の基地があります。
なまなましい実際の手紙など・・・
目を背けてはいけない記録だと思います。
戦争は絶対にダメですね。安部さんに改めて訪れてほしいです。
知覧茶、おいしいですよね。
私も郷里の友人が送ってくれます。
よくぞ!そこに行ってくださいました。
有難うございますm(_ _)m
nobara
2018/02/18 10:36
ROKOさん、早速のコメント有難うございます。

そうですね、やはり知覧は特別な場所だなと思いました。江戸時代からの伝統の武家屋敷が残りながら、特攻平和会館がありますからね。
非常に重くて辛い展示に溢れていますが、これが将来の平和の維持に繋がっていると思いたいですよね。
ミクミティ
2018/02/18 12:51
ekoさん、早速のコメント有難うございます。

知覧に行ったらやはり両方訪れますよね。それぞれ本当に存在感がありました。
特に、知覧特攻平和会館に「平和」という名前がついていて救われる気がします。心が動かされました。
知覧展望台もよかったです。ホッとする風景でした。
ミクミティ
2018/02/18 12:55
トトパパさん、早速のコメント有難うございます。

知覧特攻平和会館は確かに行くべきところだなと実感しました。戦争当時の生の声が残っているところは、数少ないのでは思いました。
町の合併によって南九州市になったそうですね。
ミクミティ
2018/02/18 13:08
茜雲さん、コメント有難うございます。

そうですか、ここで思い出があるのですね。武家屋敷に特攻隊員が足を運んでいたのですか。鴨居の刀傷とは確かにインパクトがあります。それも歴史を感じさせますね。
ミクミティ
2018/02/18 14:25
nobaraさん、コメント有難うございます。

知覧の武家屋敷で「西郷どん」のロケが行われていることは知っていましたが、これだけ沢山使われているとは思いませんでした。
そして、知覧特攻平和会館。やはり特別な場所だと思いました。ここでの思いを胸に刻みたいです。非常に多くの人が訪れているのが救いだなと思いました。
知覧茶は、帰宅してゆっくりと飲ませて頂いています。
ミクミティ
2018/02/18 14:32
知覧武家屋敷と
知覧特攻平和会館
はじめ知り拝読させて頂きました
知覧特攻平和会館広島
沖縄とは違いますが見学して
両館とも胸が詰まる思いがします
知覧展望台からの景色が綺麗ですね
ジュン
2018/02/18 17:17
ジュンさん、コメント有難うございます。

知覧はかなり遠い場所で行きづらいところと言えると思います。そこに確かに日本の戦争の悲劇の一つがあったことが分かります。広島や沖縄もそうですが、ここも来てよかったと思いました。
展望台からは鹿児島市内とは違った桜島が見えました。
ミクミティ
2018/02/18 17:40
こんにちは

国民がしっかり監視しないと
政治家は又戦争に向かいます
今のままでは危ないよ
今度こそ止めなくっちゃね
無門
2018/02/18 18:02
無門さん、コメント有難うございます。

知覧特攻平和会館に連日大勢の人が訪れ、この辺りの一大スポットになっているのは捨てたものではないなと思いました。歴史を直視したい人が沢山いるということです。
若い世代にもここを是非訪れてもらいたいものです。ずっとずっと。
ミクミティ
2018/02/18 18:18
特攻平和会館、こうして写真で見せていただけるのはありがたいですが、実際にご覧になれば重いものを感じますね。戦争は絶対にいけません。
武家屋敷、生垣すばらしいです。また庭園は見事ですね。
はるる
2018/02/18 19:16
こんばんは。
知覧武家屋敷すごいですね。
ここまで整然と格調高く生垣が続いていたら一戸だけ現代風にするわけにもいかないと思います。
知覧というと特攻隊が浮かびますが本来はここなんですね。
tami
2018/02/18 19:16
知覧の武家屋敷通りは、
700mも続いてるんですか。
石垣と生垣の作りだす風景は、本当に
見事ですね。屋敷の庭園も素晴らしい。
特にサツキの庭が気になりました。
特攻基地の話は、私にはただただ
痛ましく、辛い気持ちで一杯になります。
一体誰が、何が、どんな圧力が、
彼らを追いこんでしまったのか。絶対に
繰り返してはいけない歴史ですね。
yasuhiko
2018/02/18 21:12
武家屋敷、本当に素晴らしい家並みが続いていますね。確かに今でもここから武士の姿が現れてきそうです。特攻平和会館、当時20代間もない少年たちがお国のためにと散っていったのは本当に胸が詰まります。私の父も少年飛行兵でした。あと半年戦争が長引いていれば私もこの世にいなかったかもしれないです。今この平和はこういう犠牲に成り立っていると思うと二度と過ちは犯してはいけないと思います。
かるきち
2018/02/18 21:21
はるるさん、コメント有難うございます。

そうですね、知覧特攻平和会館の内部は撮影禁止。実際の隊員の手紙や遺品が本当に沢山あって、心が揺さぶられました。
武家屋敷通りの生垣は実に素晴らしかったです。
ミクミティ
2018/02/18 21:23
tamiさん、コメント有難うございます。

そうですね、武家屋敷の生垣の分厚さと整然さ、本当に格調高く感じました。手入れがよく行き届いていました。
陸軍の飛行場ができるずっと前から、ここは歴史ある武士の町だったのですね。
ミクミティ
2018/02/18 21:47
yasuhikoさん、コメント有難うございます。

知覧の武家屋敷通りの整然とした美しさ、素晴しいなと思いました。それと結構長いのです。だからこそ、時代劇のロケ地に最適なのかもしれません。
知覧特攻平和会館、悲惨な戦争の生々しい記録がここにたくさんあります。やはり行ってよかったと思いました。
ミクミティ
2018/02/18 21:55
かるきちさん、コメント有難うございます。

武家屋敷通りは本当に立派でした。格調高い武士の格式を感じました。
ところで、お父様が少年飛行兵だったのですか。驚きました。本当に数々の犠牲があったことを生々しく感じました。何としても平和を守らなくてはならないと痛感しました。
ミクミティ
2018/02/18 22:02
格調高く 落ち着いた雰囲気の
武家屋敷 素晴らしいですね。
これから「西郷どん」見る時 よく
注意してみますね。
お国ために 散っていかれた 兵士の方
のお話は 気持ちが 滅入ってしまいましたが
錦江湾に浮かぶように見える 桜島に
ホッとしました。
フラバーバ
2018/02/18 22:43
お久しぶりです
知覧は泣けますよね
涙涙でしたよ
それと共に韓国の青年も特攻として飛び、日本の為に亡くなった事をこちらを見学して初めてしりましたよ
「アリランの歌声とほく 母の国に 念ひ残して 散りし 花花」と刻まれた石碑を見て、何とも言えない気持ちになった事を思い出しました

若い特攻隊の辞世の句、とても達筆でいらっしゃたし、文章もビックリするぐらいしっかりしてましたよね

この施設は、多くの方に見てもらいたいですよね
ゆけむり
2018/02/19 03:10
知覧武家屋敷は私も何年か前に桜の時期に行きました、今では静かな佇まいで、どこかで、お茶をふるまっていただいて、ゆっくり過ごしたことを思い出しますが、いにしえにこんなところで武士が日常生活をしていたのですね、
fujisan
2018/02/19 08:53
武家屋敷にそれぞれの立派な庭があるのに
びっくりです。
何かどこか、京都などで見る庭とは何か違う雰囲気がありますね。
(勝手に写真から想像してしまいました。<m(__)m>)
「西郷どん」で見た風景、言われて、そうか〜この場所か〜
思い出します。舗装の画像処理・・気が付きませんでした。
ゆう
2018/02/19 11:30
昨年10月にここへ来ています。が武家屋敷はなぜか1本道を隔てたところから石垣と生垣を眺めただけでした。立派な武家屋敷通りですね。お陰さまで観光できました。知覧特攻平和会館は重い雰囲気の中、若き将来がある青年がどうしてこうならなければ…と涙と理不尽さと、複雑な気持ちでしたね。知覧展望台からは開聞岳は見えましたか。特攻隊員がこの山を何度も振り返りながら片道のガソリンだけで沖縄へ向かったことも胸が痛くなりました。
戦争は負のことばかり、世界から戦争はなくしたいですね。知覧紅茶もとても美味しいです。
みなみ
2018/02/19 11:45
フラバーバさん、コメント有難うございます。

そうですね、立派な生垣と石垣、上級武士の格式を感じました。「西郷どん」では何度も登場しました。これからも出るかと思います。
知覧特攻平和会館、やはり非常に心が揺さぶられました。将来の平和のための大事な場所だと思いました。
桜島の風景は昔から変わってないのでしょうが。
ミクミティ
2018/02/19 21:01
ゆけむりさん、コメント有難うございます。

そうですね、知覧特攻平和会館で心揺さぶられ当時の悲しい現実に思いを馳せました。本当にそれぞれの人生があって若くして亡くなっていったのですね。それも日本人だけではなかったのですね。
やはり悲惨な戦争の記録としてずっと残しておかなくてはなりませんね。
ミクミティ
2018/02/19 21:05
広島で原爆の資料館を訪れた時、たった一発でこんなむごい事がおこり、今もまだ病気と闘っておられる人も多く、戦争はどんな理由があってもしてはいけないと思いました。
20才前後の若い人ばかりでしょうが、ずっと大人で家族を守るためにという、一念だけで突撃されたんでしょうね。今の平和を大事にしたいです。
コマダム
2018/02/19 21:32
fujisanさん、コメント有難うございます。

知覧の武家屋敷、その通りの立派さに驚きました。やはり上級の武士の屋敷があった場所だなと思いました。
私の行った時はかなり強い雨が降っていました。穏やかな天気の桜の時期は更にいいでしょうね。
ミクミティ
2018/02/19 21:33
ゆうさん、コメント有難うございます。

そうですね、こちらの武家屋敷の通りは非常に立派、上級階級の屋敷だなと思いました。「西郷どん」でも何度も登場しました。舗装道路に砂をまいたのか、あるいは画像処理をしたのか。どちらでしょうか。
ミクミティ
2018/02/19 21:43
みなみさん、コメント有難うございます。

そうですか10月でしたか。それはそれは最近ですね。武家屋敷の庭園は入りませんでしたか。天気は良かったのではないですか。
知覧特攻平和会館はやはり行くべきところですね。多くの人が見て平和の貴さをあらためて感じて欲しいですね。
私が訪れた知覧展望台からは開聞岳は見えなかったです。特攻隊の少年たちはしっかりと見つめたことでしょうね。
ミクミティ
2018/02/19 21:51
コマダムさん、コメント有難うございます。

そうですね、広島の原爆の痕跡も知覧の特攻隊の記録も、悲惨な戦争の記憶としてずっと後世に伝えていくべきものですね。本当に平和の貴さをあらためて感じました。
ミクミティ
2018/02/19 21:55
おはようございます。

数年前、社内旅行で知覧に行きました。

武家屋敷は手入れが行き届いていて、本当に見事でした。

特攻隊の場所はなんとも胸が締め付けられる思いがしました。

あの時代があって今の平和がある。
忘れないようにしなきゃですよね。
koji
2018/02/20 07:58
kojiさん、コメント有難うございます。

社内旅行で行かれましたか。知覧に来たら、武家屋敷と特攻平和会館の両方へ訪れますよね。両方とも見応えがありますね。
特攻平和会館は将来の「平和」のためにずっと残していって欲しい場所ですね。大勢の人が訪れていて救われるような気がしました。
ミクミティ
2018/02/20 20:53
こんばんは。
知覧は訪れたこと有りますが、随分丁寧に武家屋敷をご覧になりましたね。
大河の撮影場所とは観ていて気が付きませんでした。
父上様、母上様で始まる特攻隊員若者たちの遺書、何とも言えず見たことを思い出しました。
知覧茶はおいしいですね!
みっちゃん
2018/02/20 21:55
みっちゃんさん、コメント有難うございます。

やはり両方に訪れましたか。私が知覧を訪れた時は大雨でした。ですので、それほどじっくりと見学したわけではなかったのです。ただ、それぞれの庭園の個性を味わいました。
知覧特攻平和会館のことは忘れてはなりませんね。
知覧茶を飲みながら思い出します。
ミクミティ
2018/02/22 21:48
写真で見る武家屋敷は簡素でありながらも重厚さを感じます。
当時の武士の教養の高さは庭に表れていたんじゃないかと。
と言いつつお隣との競い合いもあったんじゃないかと想像したりして。
特攻隊員だった人と話したことあるのですが、お国のためと言いつつ もしも自分が特攻を断ったら故郷に残した親兄弟に迷惑を掛けると思っていたと。
おそらくボクは戦いの場に行くことはないでしょうが、後に続く人たちが戦いに行くことがあってはならない。
この頃とみにそれを考えています。
おーちゃん
2018/03/04 22:00
おーちゃんさん、コメント有難うございます。

そうですね、重厚で格式のある武家屋敷。身分も高く教養もあったと思います。お隣との見えの張り合いもあったかもしれませんね。
特攻隊員だった方とお話しされたことがあるのですか。それは貴重な体験ですね。しっかりと記憶に残しておきたいですね。
戦争の無い世の中であって欲しいですが、世界を見るとまだまだなのだと知らされることがあって悲しさも感じますね。
ミクミティ
2018/03/18 18:56

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雨の中の知覧武家屋敷と知覧特攻平和会館 「歴史の旅&外出」の記録/BIGLOBEウェブリブログ
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