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zoom RSS 鹿児島の異人館、旧鹿児島紡績所技師館を訪ねて

<<   作成日時 : 2018/01/27 15:20   >>

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鹿児島の異人館」と聞いて、はじめは「へぇー、鹿児島にもあるんだ!?」という感じでした。

しかも歴史的にも非常に重要な異人館で、世界文化遺産でもあるとは
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そんな、異人館は鹿児島市の仙巌園(せんがんえん)や尚古集成館(しょうこしゅうせいかん)のすぐ近く、200m程のところにあります。

多くの観光客が仙巌園や尚古集成館へは訪れますが、この異人館まで足を運ぶ人の数はぐっと少なくなります。

この異人館の正式名称は、旧鹿児島紡績所技師館
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もともと、ここは幕末の薩摩藩が始めた近代的産業事業の工場群、つまり旧集成館の一部だったとのこと。

だから、この建物も「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産の構成資産の一つになっています。

とは言え、建設したのは慶応2年(1866年)から3年(1867年)。

すなわち、できたのは明治ではなくまだ江戸時代で、日本に現存する最古の2階建て洋風木造建築だそうです
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薩摩藩によってイギリスに派遣された藩士達が、薩摩に紡績工場を作るために英国人技師を招き、彼らを住まわせるために建てられたのです。

薩英戦争が行われたのが文久3年(1863年)。その3年後には、既に英国人を招き産業の近代化を加速しようとした訳です。それを幕府ではなく、薩摩藩が独自にやっていたというのが凄いですね

数年前までの「攘夷(じょうい)」から一大転換を図ったわけです。この時には、既に島津斉彬は亡くなっており、弟の島津久光茂久(もちひさ)親子らによる非常に先進的で柔軟な政策だったと想像します。

よく言われるような超保守的では決してなかったと思います。
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ところで、この旧鹿児島紡績所技師館、外観はコロニアルスタイルの洋館ですが、なんと薩摩藩の大工によって建てられたのだとか それも驚きでした。

江戸時代に建てられた洋館。中に入ってみました。

やはり、和洋折衷のレトロなインテリアが心地よいです
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かつて、ここに7名の英国人技師が住んでいたとのこと。
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現在の館内は、当時の集成館事業や紡績工場や技師館の成り立ちや様子を伝える展示室になっています。
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そういった展示を通して、この建物自体が激動の時代を体験してきたことも分かります

明治に入って、明治5年(1872年)には大砲製造支配所となり、明治天皇もここを訪れ昼食会場になったそうです。
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明治10年(1877年)には、西南戦争の薩軍の仮病院となったり、その後、鶴丸城跡に移築され鹿児島学校の校舎になったり、昭和になって昭和11年(1936年)にまたこの地に再移築され記念館になったり、昭和20年(1945年)には連合軍に接収されたり、様々な用途に使われている。

戦後から現代においては、国の史跡となり、重要文化財に登録され、異人館として公開され、平成27年(2015年)に世界遺産になったのです。

まさに立派な建築であったからこそ、時代時代の要請を求められてきたのかと思います

ところで、この異人館の特別な部屋は、何といってもこちらではないでしょうか。
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大きな窓で張り出した構造になっている玄関の2階の部屋。

そこからは雄大な桜島が見渡せます

当時のイギリス人もこの風景を気に入ったのではないかと想像します。

そんなことを思いながら、旧鹿児島紡績所技師館を後にしました。

すると近くのコンビニの駐車場の傍らに、こんな石碑がありました。
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「紡績所跡」の石碑です。

この辺りに、当時最先端の大きな紡績工場があったのでしょう。ここでイギリス人技師が、英国から導入した紡績機器や蒸気機関の使い方を指導していたのでしょう。

その中に、薩摩藩士の石河確太郎(いしかわ かくたろう)がいて、その後あの富岡製糸場にも蒸気機関の技師として招かれたそうです。

日本の紡績産業の基礎がここにあったのですね。明治30年(1897年)まで操業したそうです。



最後に、この石碑の周囲をもう少し歩いて目にしたものをご紹介します。

海の方を振り返ると、雄大な桜島の風景があります。
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今は、すぐ海辺を鉄道が通っています。

その海辺に磯海水浴場が広がっています。

更に、これは磯工芸館
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薩摩藩の集成館事業にはガラス工場も含まれ、あの薩摩切子(さつまきりこ)を生みました

明治42年(1909年)に建設され有形登録文化財にもなっているこの島津家由来の洋館は、今、島津薩摩切子ギャラリーショップになっています。

高いお土産を買ってしまいそうになる魅惑的で危険な場所でもありますね

そして、もう一つの登録有形文化財は、「旧芹ヶ野(せりがの)島津家金山鉱業事業所」です。
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こちらも、島津家由来の明治37年(1904年)の建築で、昭和61年(1986年)こちらへ移築されたのだとか。

現在、ここはリノベーションされ、スターバックス鹿児島仙巌園店になっているのが面白いなと思いました

スタバとしては、まだ平成29年(2017年)3月オープンですからごく最近ですね

この辺りは、洒落た洋館が集まるところでもあるんだなと思った次第です。






秋の鹿児島旅行。観光スポットをまとめた私のレポート、よかったらご覧下さい。

1.「西郷隆盛銅像と展望ホール・K10カフェ」 ⇒ こちら
2.「薩摩の歴史ロード・維新ふるさとの道と下加治屋町」 ⇒ こちら
3.「秋の仙巌園の菊と尚古集成館」 ⇒ こちら
4.「旧鹿児島紡績所技師館(鹿児島の異人館)」 ⇒ こちら
5.「桜島ショートトリップ(サクラジマ アイランドビュー)」 ⇒ こちら
6.「城山公園、南洲墓地、西郷南洲顕彰館、福昌寺跡」 ⇒ こちら
7.「知覧武家屋敷と知覧特攻平和会館」 ⇒ こちら
8.「指宿の海岸、魚見岳、知林ヶ島、白水館」 ⇒ こちら
9.「開聞岳、長崎鼻、西大山駅、池田湖」 ⇒ こちら
10.「秋の霧島神宮の鳥居」 ⇒ こちら




Former Kagoshima Foreign Engineer's Residence, Kagoshima, Japan

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コメント(52件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。

ほんと、鹿児島にもあるんですね〜。
異人館。
中に入れるんですね。
いい感じですね。
江戸時代のものなんですか。
確かに洋館と言っても、ちょっと古い感じがしますね。
行ってみたいです。
トトパパ
2018/01/27 16:13
ミクミティさん、こんにちわ〜
先回ご紹介の仙厳園、尚古集成館から近くに「鹿児島異人館」があるのですね。江戸時代に日本の大工さんが建てたという、最古の木造洋風建築との事!
紡績、大砲、学校、記念館となり、戦後連合軍に接収もされたという歴史の変遷に活用され、今は世界文化遺産の一部になっているわけですね。
富岡製糸場へもここの薩摩藩士が派遣されて、紡績産業の基礎を作ったそうですが、江戸時代から明治への薩摩の動きが国も産業も文化をも変えていったという事ですね。
鹿児島から見える桜島は静かな時は美しい!!
時には噴煙を上げる桜島にはマグマを地下に蓄えているという、今も力強さも恐れもあります…。
薩摩切子は買い求められましたか?
昨年スタバも出来たのですね?
鹿児島はやっぱり遠い所です。
みっきい
2018/01/27 17:50
こんばんは。
秋田内陸の鉱山跡の近くに異人館があったことを思い出しました。
招聘した側が気を使ったのか要求されたのか洋館を建てたのでしょうね。
鹿児島と桜島は切っても切れないと思わせます。
tami
2018/01/27 20:13
薩摩藩の大工が建てた木造の洋館???
そのあたりは何度も訪れてるのに行ってません(-_-;)ゞ
チョッ、シモター ってカゴッマ弁で悔しがる。
明治日本の産業革命遺産にも組み込まれたのですね。
今度は絶対に 見モンデナ〜〜〜
スタバも平成29年(2017年)3月オープンですか?
ごく最近ですね。ココにも行かにゃないもはんナ
スタバって福岡の大濠公園ないのも姿がいいです。
そういう戦略なんでしょうね。
薩摩切子、超〜お高いです。
庶民にはなかなかgetできもはんナ・・
nobara
2018/01/27 20:33
美しい異人館ですね〜〜。時代によってその使用が変わっていくのも面白いですね。桜島の見える部屋、当時のイギリス人技師もこの景色を眺めたのかと思うと感慨深いですね。ほかにも素晴らしい建物がたくさん残されているんですね。鹿児島、行ったことないのですが興味がわきました。
かるきち
2018/01/27 21:28
こんばんは!
薩摩藩の大工さんが意地と気合を入れて作り上げた、旧鹿児島紡績所技師館はしっかりとした建築でいまも残っているところがありがたいですね〜☆
張り出した窓から見える景色はやはり天下の桜島ですね〜!
komichi
2018/01/27 22:57
たしかに鹿児島に異人館の印象はないですね。
僕が以前鹿児島に行ったときにも、ここは訪れていないと思います。
まだ知る人ぞ知る観光地という感じですね。
でも世界遺産になったのなら、これから観光客が増えるのでしょうか。
最古の洋風木造建築とは、意外でした。
家ニスタ
2018/01/27 22:58
旧鹿児島紡績所技師館、
外観はグラバー邸などと同じ
典型的なコロニアルスタイルの建物ですが、
玄関ポーチの形が、お寺の六角堂を
半分に切ったようにも見えて、
ユニークな印象を受けました。幕末頃の
日本の大工さんが腕を振るったという事で、
少し和の要素が交じったのかな
という気もします。景色が素晴らしいので、
2階に展望室が欲しかったんでしょうね。
yasuhiko
2018/01/27 23:40
こんばんは。
鹿児島に異人館があったとは知りませんでした。
雄大な桜島を見渡せるガラス窓は素敵ですね!
薩摩切子を見ていると欲しくなりますが小さなものでも高価で買えませんでした。
その頃買った薩摩焼のコーヒーカップなどは阪神淡路大震災の折、西宮に住んでいて、食器棚から全部落ちて壊れてしまいました(-"-)
みっちゃん
2018/01/27 23:41
こんばんは!
鹿児島に異人館があるんですか。ここは行っていません。幕末に薩摩藩の大工さんによって建てられたとは驚きです。
時代によって様々な用途に使われ今なお現存しているのは凄いことですね。
桜島が見えるように展望室も作られたんでしょうね。
日本の紡績の原点が鹿児島に会ったとは知りませんでした。
今度機会があればここも是非行ってみたいです。
eko
2018/01/28 00:16
異人館、と言えば私も神戸を思い浮かべてしまいます。歴史的に見れば鹿児島にも異人館街があっても不思議ではありませんね。
桜島、上空に雲が棚引いていい感じに撮れましたね。
茜雲
2018/01/28 08:36
江戸時代後期の兎に角海外の技術を取り込んだ建築様式に驚かされますね、温かみのある、和でもない洋でもないデザインが今見ても斬新でいいと思いますね、きっと使われているガラスも素朴な板ガラス、何となく歪んで見えるガラスが好きですね。手作り感が有るのですね。
fujisan
2018/01/28 09:21
鹿児島に異人館があり、しかも薩摩の大工さんによって建てられたとは驚きです。
薩英戦争後、薩摩は一早く英国の先進的なものを取り入れていくんですよね。将来を見通す目が備わっていたんですね。生麦事件のことを調べた時に知りました。
今度は鹿児島に行きたくなりました。
コスモス
2018/01/28 09:23
こんにちは。
異人館は日本最古の洋風木造建築で、世界文化遺産として登録されているのも素晴らしいですね。部屋内は和洋が合わさった珍しい作りだと思います。紡績工場やガラス工芸などの当時の最先端技術をいち早く取り入れたのですね。明治維新の薩摩藩について、写真や詳しい解説を興味深く拝見し良い勉強になりました。
華の熟年
2018/01/28 09:53
トトパパさん、早速のコメント有難うございます。

鹿児島の異人館、それほど有名ではないかもしれませんが非常に興味がありました。江戸時代に作られ世界文化遺産にもなっていますから。
薩摩藩の近代化への気概を感じました。
ミクミティ
2018/01/28 12:02
みっきいさん、早速のコメント有難うございます。

旧鹿児島紡績所技師館、確かに薩摩藩の近代化への息吹を感じました。江戸時代の終わりにこのような建築や大きな工場を作っていたことに驚きを覚えます。だからこそ、世界文化遺産なのですね。
ここからも綺麗に桜島が見えて心地よかったです。
薩摩切子は買いませんでした。正直じっくりと見なかったです。見たら買ってしまいそうで、、。
ミクミティ
2018/01/28 12:07
tamiさん、早速のコメント有難うございます。

秋田にも異人館がありましたか。明治の殖産興業で西洋文明を取り入れようとするとき、西洋人のための住宅は必須だったのでしょうね。
薩摩はその先駆者であったことがよく分かりました。
イギリス人の目に桜島はどう映ったか興味が湧きます。
ミクミティ
2018/01/28 12:11
nobaraさん、コメント有難うございます。

世界文化遺産となって、この異人館も注目度が上がったかもしれません。私も仙巌園の帰りに立ち寄りました。
ここへ来ると、当時の薩摩藩の近代化への熱意が伝わってきます。大きな工場があったことは幻のような気がして。
だからこそ、この異人館の存在が貴重なのだと思いました。
最近のスタバはお洒落な建物の店を時々見かけます。戦略的ですね。薩摩切子にはとても手がでませんよ。
ミクミティ
2018/01/28 12:18
かるきちさん、コメント有難うございます。

そうですね、旧鹿児島紡績所技師館の外観もインテリアもなかなか洒落ているなと思いました。当時の薩摩藩士にとっては、未来の家だったかも。それを薩摩の大工が作ったというのが凄いですね。
明治に入ってからは、日本各地に洋館が建てられましたが、ここも横浜、神戸、函館についで先駆的な場所だったのでしょう。
ミクミティ
2018/01/28 12:21
komichiさん、コメント有難うございます。

そうですね、旧鹿児島紡績所技師館、設計はイギリス人でしょうが建築に当たっては薩摩藩の大工の意地があったと思います。
2階の窓から見える桜島の風景は当時と変わらないでしょうね。
ミクミティ
2018/01/28 12:24
家ニスタさん、コメント有難うございます。

旧鹿児島紡績所技師館、世界遺産に登録され注目度も上がったと思います。その外観やインテリアはとても素敵だなと思いました。
横浜や神戸の異人館は、最初のモノは残っていないのかなと想像します。災害や戦争など被害を受けているでしょうから。
ミクミティ
2018/01/28 12:28
yasuhikoさん、コメント有難うございます。

そうですね、グラバー邸と似た雰囲気がありますが、こちらはしっかりとした2階建て。当時最先端の建築であったと思います。どちらも2015年に世界遺産となっていますね。
2階から眺める雄大な桜島の風景は、当時のイギリス人にもインパクトを与えたと思います。
ミクミティ
2018/01/28 12:37
みっちゃんさん、コメント有難うございます。

私もこの異人館のことは直前まで知らず、仙巌園から近いので是非訪ねようと思いました。その外観やインテリアのみならず、歴史的意義も感じました。世界文化遺産に登録されたのも分かります。
薩摩切子には手がでませんね。薩摩焼も買いませんでした。買い物は食べ物ばかりで、、。
ミクミティ
2018/01/28 12:41
ekoさん、コメント有難うございます。

そうですね、私にとっても発見でした。お洒落でレトロな洋館が、日本の近代化を示す産業遺産であることがこちらの展示でよく分かりました。
当時の薩摩藩の気概も感じました。
ミクミティ
2018/01/28 12:44
茜雲さん、コメント有難うございます。

旧鹿児島紡績所技師館、薩摩藩の近代化への熱意を感じさせてくれます。2階建てというのも、長崎のグラバー邸との違いを感じます。
だからこそ、桜島が綺麗に見れる展望室ができたのかなと思います。
ミクミティ
2018/01/28 12:47
fujisanさん、コメント有難うございます。

旧鹿児島紡績所技師館、当時は最先端の未来的な住宅であったと思います。今でのその外観やインテリアがお洒落で魅力的です。当時の薩摩藩の大工の気概を感じます。
確かにガラスも味がありますね。
ミクミティ
2018/01/28 12:51
コスモスさん、コメント有難うございます。

そうですね、旧鹿児島紡績所技師館、私にとっても発見でした。薩摩藩の近代化への当時の息吹を感じます。
時代の大転換の時に建てられた象徴なのだなと思いました。
生麦事件から連なる薩摩藩の変化の連続には今更ながら目を見張るものがあります。
ミクミティ
2018/01/28 12:54
華の熟年さん、コメント有難うございます。

ここ旧鹿児島紡績所技師館は江戸時代に作られた2階建ての洋館という所が凄かったと思います。この辺りに大きな紡績工場があったことが今は幻のようです。
だからこそ、ここが世界文化遺産なのだと思います。
ここへ訪れて私自身にとってもだいぶ勉強になりました。
ミクミティ
2018/01/28 12:59
こんにちは

闘うことで
相手の力を感じ
改めて学ぶ
今の日本人に
欲しい感覚です
無門
2018/01/28 17:09
無門さん、コメント有難うございます。

そうですね、薩摩藩と英国の関係は何とも言えません。戦争して関係が深まったというのは、日本人が持っている柔軟性のなせる技なのでしょうかね。
ミクミティ
2018/01/28 19:49
異人館、立派なものですね。室内もよく出来ていますが、特別な部屋、すばらしい部屋ということが一目瞭然ですね。桜島、さすがです。
はるる
2018/01/28 19:56
異人館は秋田県内にも二つあります。一つは北秋田市阿仁に、もう一つは湯沢市上院内に。それぞれ阿仁銅山と院内銀山があった場所で、西洋から鉱山技術者を招いて住まわせたレンガ造りの館です。探せば全国にも「異人館」と称する重要文化財は存在するでしょうね。ただ世界遺産はここだけかも知れませんね。
日本の近代化の歴史をめぐるのも楽しいでしょうね。
降魔成道
2018/01/28 20:02
はるるさん、コメント有難うございます。

鹿児島の異人館、その外観もインテリアもお洒落で素敵だなと思いました。その中に桜島の景観をじっくり味わえる部屋があるのがいいなと思いました。
当時のイギリス人も心地よく眺めたのではないかと思います。
ミクミティ
2018/01/28 21:18
降魔成道さん、コメント有難うございます。

そうですね、日本各地に異人館はあったのだと思います。その多くは明治に入ってから。江戸時代からあったのは数少ないでしょう。
そういえば、長崎のグラバー邸もこの旧鹿児島紡績所技師館と同じタイミングで、世界遺産に登録されていたのを思い出しました。
ミクミティ
2018/01/28 21:21
外国人は日本の風景がとても好きなんでしょうね。
色々な観光地に行っても景色がいいなと思う場所には外国人のための保養所が建てられていたりします。
西洋の技術を教えてもらうために一生懸命だった当時の日本人のおもてなしの一貫だったんでしょうか?
コマダム
2018/01/28 21:48
鹿児島にも異人館というのが面白いですね。
当時、西洋の建物を建てるとなるとデザインの事など
大変だったでしょうね。今のように豊富な資料ないのですから
どうやって建てたのかと不思議です。
ゆう
2018/01/29 13:04
鹿児島の異人館、趣があって素敵な建造物ですね。
しかも江戸時代後期に薩摩藩士の大工さんとは驚きました。張り出した窓から桜島の全景が、憎いですね。
桜島は鹿児島にとってなくてはならない重要ポイントですね。時には暴れますが。
みなみ
2018/01/29 14:05
江戸時代で日本に現存する
最古の2階建て洋風木造建築
その建築が薩摩藩の
大工さんの独自
素晴らしい技術で驚きました
ジュン
2018/01/29 14:18
コマダムさん、コメント有難うございます。

そうですね、西洋人に来てもらうにはちゃんとした家を用意することが求められたのでしょう。家の設計は西洋人、ただ場所は日本人の薦めがあったのではないかと思います。もちろん、もてなしの心もあったでしょうね。
ミクミティ
2018/01/29 21:19
ゆうさん、コメント有難うございます。

そうですね、この鹿児島の異人館、設計はイギリス人だったそうです。それを薩摩藩の大工が建築。色々と難しい課題を乗り越えて造ったのでしょうね。
そんなことを想像します。
ミクミティ
2018/01/29 21:30
みなみさん、コメント有難うございます。

そうですね、江戸時代の異人館。その外観やインテリアが洒落ていて素敵だなと思いました。当時の人にとっては未来の建築という感じだったでしょう。
そこから見える桜島。何度見ても心地よかったのではないでしょうか。
ミクミティ
2018/01/29 21:34
ジュンさん、コメント有難うございます。

当時、2階建ての洋風建築というのはかなり珍しかったと思います。イギリス人の設計したものをよく当時の日本人が建築したものだと思います。
今、この異人館が残っているのが素晴らしいですね〜。
ミクミティ
2018/01/29 21:39
鹿児島の異人館 日本最古の
洋風木造建築に驚きました。
ガラスが ふんだんに 使われていて
とても 洒落た建物ですね。
これからは もっと 観光客が 訪れる
でしょうね。でも 知る人ぞ知る存在で
あってほしい気もします。
フラバーバ
2018/01/30 10:56
フラバーバさん、コメント有難うございます。

そうですね、旧鹿児島紡績所技師館はもうできてから150年以上。今でもお洒落な外観は素敵だと思います。
色んなことに使われ今は世界遺産となっているのがまた何とも言えません。私が訪ねた時は、ひっそりと建っていて、それ程多くの観光客が訪れるという雰囲気ではありませんでした。
ミクミティ
2018/01/30 21:17
江戸時代の異人館は珍しいですね。
神戸で最も古いものは明治35年の建築ですから。

鹿児島紡績所の操業を指導する英国人技師7人の宿舎として建設されたそうですが、7人用としては大きな建物で、会議室や設計室など仕事場としてもあったのでしょうか。
建て替えせずに残っているとしたら、築後150年が経過しているので維持管理が大変ですね。

明治以降の変遷が凄いです。
民間の物でなく薩摩藩所有と言う事でこうなった訳ですね。
大砲製造支配所→薩軍の仮病院→移築され鹿児島学校→再移築され記念館→連合軍に接収ですか。
この移築が、メンテも兼ねていそうです。

内部も綺麗で機能性も備え、江戸時代の物とは思えませんね。
薩摩藩の大工さんが斬新で先進的だったことが分かります。
大きな窓で張り出した構造、と言う事は展望がいいのでレストランみたいですが会議室でしょうか?

磯工芸館に旧芹ヶ野島津家金山鉱業事業所も、洒落た建物で見所が多いと感じました。
アルクノ
2018/01/31 12:44
アルクノさん、コメント有難うございます。

そうですか、神戸で最も古い異人館は明治35年の建築ですか。おそらく、日本で最も古い現存する外国人住居は長崎のグラバー邸なのだと思います。ただ、それが2階建てだと今回の鹿児島紡績所技師館なのでしょう。
もちろん移築の際に修復されているでしょうし、それ以外にも改修されたりしていると思います。。私が訪れた際もとても綺麗にメンテされていました。
このような貴重な建物を後世に残そうという多くの人の尽力があったことが伺われます。
展望のいい部屋は食堂ではなかったと思いますが、ちょっと記憶が定かではありません。
ミクミティ
2018/01/31 21:46
なんだか素晴らしいです。
江戸時代にタイムスリップですね。
歴史散歩の楽しさが伝わってきました。
ROKO
2018/01/31 22:18
ROKOさん、コメント有難うございます。

素晴らしいと言っていただくと私も嬉しいです。
そうですね、時代を感じる素敵な建築でした。これを残すことに尽力してきた方々のお陰だと思います。
ミクミティ
2018/02/01 23:49
ボクも島津久光氏は超保守だったかどぉかは微妙だと思っていました。
或る意味 和洋折衷な人だったでしょうけど、侍気質が発露した結果が生麦事件だったじゃないかと思うのです。
それにしても異人館が薩摩にあったとは思ってもいなかったです。
前に聞いたことがあるのですが、日本人は新たなものを生み出すのではなく 違うものを生み出すのが得意な民族だと。
そォ云う意味で異人館を見た英国人技師は洋館とも違うものを見たのかと思うのですが、どォなんでしょう。
おーちゃん
2018/02/02 01:14
おーちゃんさん、コメント有難うございます。

島津久光は、産業の近代化という部分は斉彬の遺志を継いで実現させようとしたのだと思います。それが、この辺りの史跡を見てひしひしと感じます。
この異人館はもともとはイギリス人の設計、それを薩摩の大工が建築できたことはその柔軟さと技術の高さの現れだと思います。日本の職人は偉大ですよね。それが違うものを作る原動力だとも思います。
ミクミティ
2018/02/03 15:54
とてもステキな異人館ですが、江戸時代に建てられたものなんですね!
館内も当時の様子がうかがい知れてワクワクします。とても魅力的です。
次回鹿児島へ行く機会があったら、ぜひ訪れてみたいと思いました。
ジャカランダ
2018/02/04 22:20
ジャカランダさん、コメント有難うございます。

そうですね、江戸時代に作られた異人館というのに時代を感じます。長崎のグラバー邸もそうですよね。当時は未来の建築という感じだったでしょうか。
そんな図面を見て薩摩の大工が作り上げたことが素晴らしいなと思いました。
ミクミティ
2018/02/05 21:22

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鹿児島の異人館、旧鹿児島紡績所技師館を訪ねて 「歴史の旅&外出」の記録/BIGLOBEウェブリブログ
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