「歴史の旅&外出」の記録

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zoom RSS 薩摩の歴史ロード「維新ふるさとの道」と下加治屋町を歩いて

<<   作成日時 : 2018/01/13 20:43   >>

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前回の記事は、鹿児島市街の西郷隆盛の銅像についてでしたが、今回はまずこの方の銅像から。
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ご存じ薩摩藩の明治維新のもう一人の英雄、大久保利通です。

昭和54年(1979年)、没後100年を記念して彫刻家の中村晋也によって製作されたそうです。

地元では人気のない大久保利通の銅像は、やはり西郷隆盛の銅像よりずっと後になって建てられたのですね。
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実は、私は清廉潔白で維新政治を貫いた大久保のことが好きなのですが。

大久保の銅像のある場所は、西郷隆盛銅像のあるお城や城山の近くではありません。ここは、かつて薩摩藩の下級武士が暮らした地域。お城からは、それなりに離れた場所なのですね。

今では、マンションが建て並ぶ住宅地エリアと言っていいでしょう。
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この川は、甲突川(こうつきがわ)

当時の薩摩藩にとって大事な川だったと思います。幕末には立派な5つの石橋が作られました。ここでウナギも採れたのでしょうか。

この川沿いの左手(東側)が、当時の下加治屋町(したかじやまち)。現在の加治屋町(かじやちょう)。薩摩藩出身の多くの明治維新の偉人達が生まれ育った場所です。

今、大久保利通の銅像がある場所から、甲突川川沿いに歴史ロード”維新ふるさとの道”という細長い緑地公園が整備されています。
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明治という歴史的な時代を築いた人達の原点に思いを馳せる道です。当然じっくり歩きたくなりますね。

幾つかの記念碑やパネルがあるのですが、まずこの石碑に目がとまります。
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ここが、大久保利通の生い立ちの地だそうです。つまり、子ども時代を過ごした場所です。

そして、しばらく歩いたところに、西郷隆盛・従道誕生の地があります
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その間、80m程でしょうか。西郷家と大久保家は、本当にご近所だったことが実感できます。両家とも甲突川のすぐ川沿いに住んでいたのですね。生活に川が身近であったと思います。

これは近くに再現されている武家屋敷。
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ご覧の通り、武家屋敷と言っても非常に質素なもの。二つ家(ふたつや)と呼ばれる様式で当時の下級武士の典型的な住居だったそうです。

こういった家で、農作業や内職をしながら暮らしていたのでしょうね。イメージがわきます。

更に、少し川を離れて歩くと、明治の元帥陸軍大将であり西郷隆盛の従兄弟である大山巌(いわお)の誕生地があったり。
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親戚同士、近くに住んでいたのですね。

同じく、日露戦争で名をはせた元帥海軍大将の東郷平八郎の誕生地もあります。
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その他、海軍大臣・総理大臣の山本権兵衛、陸軍大臣の黒木為驕iためもと)、元老院議官の吉井友実(ともざね)の誕生地もあります。跡はありませんが、他の薩摩藩の志士達でここで育った者も少なくないはず。

ここ下加治屋町出身の名前を聞いていると、確かにその凄さを感じます。いわゆる郷中(ごじゅう)という薩摩藩の町単位の教育が非常にうまく機能していたのだと想像します。

そして、歴史ロード”維新ふるさとの道”に戻って、その中心にある維新ふるさと館へ向かいました。
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薩摩の偉人と明治維新の歴史を多彩に展示する資料館で、平成6年(1994年)に完成されました。

歴史探索の旅ですから、やはりここは訪れざるを得ません。

入り口付近で出迎えてくれるのは、西郷隆盛の人形。
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結構リアルで、ここで記念撮影もできます。内部は、一部を除いて写真撮影が可能です。

こちらは、江戸城大奥の篤姫の部屋の再現。
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大河ドラマ「篤姫」で、宮崎あおいさんや堀北真希さんが着ていた衣装も展示されています。

更に、地下には維新体感ホールがあって、偉人たちのロボットが登場し影像と音声とともに幕末から明治維新の歴史を、25分のドラマ形式で分かりやすく説明してくれます。
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このドラマは撮影禁止です。もう一つ、「薩摩スチューデント、西へ」のドラマもありました。

この維新ふるさと館は、このようなビジュアルを駆使して、硬軟取り混ぜた展示になっていて見応えもありました。

さて、ここを出てもう一度、甲突川をのぞみます。
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趣のある木製の橋が架かっています。南洲橋

西郷隆盛や大久保利通も子ども時代にこの川で遊んだのでしょうか。

ちなみに、川向こうは高麗町(こうらいまち)。NHK大河ドラマ「西郷どん」の第一話で、この下加治屋町の西郷たちと高麗町の子供たちが川の中でけんかをしていましたね。

実は、大久保利通はこの高麗町で生まれて、後に下加治屋町に移ってきたそうです。いずれにしろ、ご近所なのですが。

ただ一つだけ間違いないのは、この辺りの薩摩藩士の誰もが、甲突川の先にあるこんな桜島の風景を眺めていたことでしょう
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当時とほぼ変わっていない、とても素適な景色だなと思いました。

江戸時代、薩摩藩の下級武士が暮らしていたこのエリアも、都会的な商業地・住宅地になっています。

特に、近年は九州新幹線の終着駅である鹿児島中央駅の近隣地区として発展しています。

鹿児島中央駅に向かう途中には、西郷南洲翁宅地跡の石碑がありました。
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ここは上之園町(うえのそのちょう)。西郷隆盛が、藩主島津斉彬に取り入れられたり、2回の島流しを経験したり、イトと結婚したのも、西郷家がここに住んでいた時だったそうです。今は公園への入口となっています。

こんなふうに、幕末・明治維新の志士達のふるさとを散策しながら、鹿児島中央駅の駅前に出ました。
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観覧車や大きなショッピングセンターが併設された鹿児島の玄関口。いかにも現代風のモダンな駅ビルです。

その駅前のロータリーの一角に、若き薩摩の群像があるのが面白いです。
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慶応元年(1865年)に、薩摩藩が極秘にイギリスへ派遣した留学生達の像。いわゆる、薩摩スチューデントです。この中に、あの五代友厚(ともあつ)寺島宗則(むねのり)森有礼(ありのり)などもいたのですね。

薩英戦争で戦った相手国へ、その2年後に若者達を送るという薩摩藩の心意気って本当に凄いなと思います



最後に、幕末明治維新で活躍した薩摩藩士のふるさとをあちこち徒歩で散策していると当然疲れます。

そんな時は、鹿児島の美味しい食事を頂いて力を付けました。

この日のお昼は、黒豚チャーシュー入りの鹿児島ラーメン
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「ラーメン岩岩」さん。

夜は、ちょっと贅沢に焼き肉を。その時に、食べた鹿児島産黒毛和牛の極上牛トロにぎり
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繁華街の天文館の焼き肉店「多聞」で頂きました。

もちろん、地元の焼酎とともに

鹿児島の料理はおいしいものが多いですね。まだまだあります。

歴史散策と地元グルメ。これだから、鹿児島の旅はたまりません。






秋の鹿児島旅行。観光スポットをまとめた私のレポート、よかったらご覧下さい。

1.「西郷隆盛銅像と展望ホール・K10カフェ」 ⇒ こちら
2.「薩摩の歴史ロード・維新ふるさとの道と下加治屋町」 ⇒ こちら
3.「秋の仙巌園の菊と尚古集成館」 ⇒ こちら
4.「旧鹿児島紡績所技師館(鹿児島の異人館)」 ⇒ こちら
5.「桜島ショートトリップ(サクラジマ アイランドビュー)」 ⇒ こちら
6.「城山公園、南洲墓地、西郷南洲顕彰館、福昌寺跡」 ⇒ こちら
7.「知覧武家屋敷と知覧特攻平和会館」 ⇒ こちら
8.「指宿の海岸、魚見岳、知林ヶ島、白水館」 ⇒ こちら
9.「開聞岳、長崎鼻、西大山駅、池田湖」 ⇒ こちら
10.「秋の霧島神宮の鳥居」 ⇒ こちら




Shita-Kajiyamachi(Kajiya-cho), Kagoshima, Japan

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コメント(40件)

内 容 ニックネーム/日時
「維新ふるさとの道」は凄いですね。
主に石碑だけしかないのが残念ですが、
近代史のビッグネームが次々登場。
彼らがこんな狭い範囲で暮していたのか
という事が分かって驚きます。
yasuhiko
2018/01/13 23:23
こんばんは。

大久保利通の銅像も見ましたよ!
懐かしいなぁ。
資料館が出来てるんですよね。
いいなぁ。
めっちゃ行きたくなってきた。
兄の部屋に泊まらせてもらおうかな。
大河ドラマ館出来たら、本当に行こうかな。
トトパパ
2018/01/13 23:33
武士の住むエリヤはだいたい決まっていたでしょうから同年代はほぼ幼馴染なんでしょうか。
勝ち組の一方、長州にもこんな施設がありそうです。

風景や建物を前に当時を想像すると楽しいでしょうね。
tami
2018/01/13 23:41
こんばんは!
西郷さんほどの人気は無くても大久保利通も近代日本を築いた重要人物ですね。
「維新ふるさとの道」は近代史に登場するビッグネームが凄いです。
郷中といわれる町単位の教育システムがほんとにうまく機能した結果でしょうね。
当時と同じ雄大な桜島を誰もが眺めていたことでしょう。
鹿児島ラーメンに極上牛トロにぎり美味しそう〜☆
eko
2018/01/14 00:02
薩摩の歴史を辿ると本当につきませんね。
ミクメティさんの解説で一層増しました。
薩摩に偉人がこれほど多くいることもうなずけます。
関が原の戦いで負けてから薩摩、毛利、長州がふつふつと倒幕に力を注いでいたのでしょうね。
黒豚チャシュー麺、美味しかったですね。
いただきました。
みなみ
2018/01/14 06:52
yasuhikoさん、早速のコメント有難うございます。

今は何の変哲もない商業住宅地ですが、その合間に石碑が幾つも立っています。ここが維新の立役者のふるさとかと思うと不思議な感じがします。
「維新ふるさと館」で様々な展示が見られますよ。
ミクミティ
2018/01/14 12:35
トトパパさん、早速のコメント有難うございます。

「維新ふるさと館」はなかなか見応えがありました。様々な人が楽しめると思います。
大河ドラマ館もこの近くにオープンしています。
ミクミティ
2018/01/14 12:37
tamiさん、早速のコメント有難うございます。

武士の階級によって住むところはかなり違っていたようです。お城から遠いのが下級武士ですね。確かに同年代の交流はあったでしょうね。
ミクミティ
2018/01/14 12:39
ekoさん、コメント有難うございます。

そうですね、大久保利通も全国的に見れば明治維新の立役者の一人ですよね。この下鍛冶屋町は数々の英雄が生まれ育っています。
今は普通の商業住宅に見えるのですが。でも訪れたくなりますね。
ミクミティ
2018/01/14 12:43
みなみさん、コメント有難うございます。

そうですね、鹿児島市街には数々の史跡や記念碑がありますね。全部回ろうとすると大変でしょう。それでも、この加治屋町付近は是非散策したかったのです。
ラーメンはチャーシュー麺ではないのに、結構黒豚のチャーシューが入っていました。
ミクミティ
2018/01/14 12:46
こんにちは。
鹿児島、見所満載ですねぇ。

こういう旅って素敵。

牛トロにぎり、めちゃめちゃおいしそう!(^o^)!
koji
2018/01/14 12:57
タイムリーな話題ですね。
以前友人と二人で鹿児島旅行に行ったら、前日焼酎を飲みすぎた友人が、大久保利通像の下で寝てしまったことを思いだしました(笑)。
維新ふるさと館には行ったことがありません。
なかなか楽しめそうな施設ですね。
鹿児島ラーメンもおいしそうですね。
家ニスタ
2018/01/14 14:15
kojiさん、コメント有難うございます。

鹿児島観光も色々ありますね。今回私が訪れたところのレポートはまだ続きますよ。
牛トロにぎり、記念にと思い食べましたよ。
ミクミティ
2018/01/14 17:43
家ニスタさん、コメント有難うございます。

そうですか、焼酎を思わず飲み過ぎるのも分かります。
いろいろな種類がありますからね。
維新ふるさと館は、様々な展示があります。歴史をよく知らない人から知っている人まで幅広い訪問者向けの展示があります。
鹿児島ラーメンもよかったですよ。
ミクミティ
2018/01/14 17:45
こんにちは

日本の端っこに在って
いつも時代の波を作ってきた
その精神が脈々と
受け継がれていますね
無門
2018/01/14 18:35
大久保利通の像、立派ですね。
ここへ伺うと歴史を勉強できます。
そんな時代を思いながら、散策できるのはすてきだと思います。
そしておいしいものがラーメンと牛のにぎりですか。
本当にいいところですね。
はるる
2018/01/14 19:39
地元での大久保利道の人気がもう一つというのに
驚きです。
やはり西郷さんの方が人気が高いのでしょうね。
人柄に人気があるのかもしれませんね。
ゆう
2018/01/14 19:54
実は私、この時代が一番苦手で・・・食わず嫌いなのかもしれないのですが、歴史でも一番理解していない時代なんですよね。近代国家に移行する過渡期の大事なことだと思っているのですが・・・^^;でも西郷さんがもしもう少し長く生きてくれていたら、どう変わっていたのでしょうね。ラーメン、お寿司おいしそう^^
かるきち
2018/01/14 21:27
せごどん、が始まる前に、NHKが色々予備知識をあれこれやっていましたから、予習がちゃんとできました。
そしてミクミティさんのこのレポートですからね。
ほんとにタイムリーだと思いました。
なんせ〜歴史に明るいミクミティさんですものね。
わかりやすくて〜
これは、またカゴッマに行かにゃ〜なりもはんな。
鹿児島ラーメン、おいしかったでしょう?
実弟が国分でお店やってました。
今は彼岸に行ってしまったので食べられませんが
なによりラーメンがおいしかったです。
しばらくミクミティさんのレポから目が離せませんね。
カゴッマを取り上げてくださり
あいがともしゃげもした〜〜〜m(_ _)m
nobara
2018/01/14 21:35
こんばんは!
薩摩にはたくさんの政治家や軍人が生まれ育っていたのですね。
驚きました。
維新の偉人たちがふるさと館に集まって、今の日本をどんなふうに話しているか聞いてみたいです。
鹿児島ラーメン、美味しそう〜♪
麺好きの私にはたまらない画像です。
うふふ
2018/01/14 23:00
こんばんは。
高麗町に木彫りを習いに行っていたので大久保利通像や若き薩摩の群像などをよく見ていました。
先生がこの辺りは沢山兵士が亡くなった場所ですよと言われていました。
維新ふるさと館はまだなかったです。
鹿児島の豚骨ラーメンは最初こってりし過ぎて食べにくかったですがその内慣れて食べられるようになりました。
お寿司は醤油が甘口で口に合わず、キッコーマンなど普通の醤油を出して貰っていました。
天文館は5回位行ったらお店の位置関係が分かりました。
薩摩路の薩摩料理、軽羹饅頭、さつま揚げなど懐かしいですが最近はデパートで全国のお菓子などありますので軽羹饅頭は時々買って食べています。
みっちゃん
2018/01/14 23:05
こんにちは。
NHKの大河ドラマで『西郷どん』を観ています。西郷家と大久保家は近所に住んでいた様ですね。明治維新で大きな足跡を残した歴史上の偉人だと思います。維新ふるさとの道には薩摩藩の志士たちの記念碑が沢山あり観光スポットですね。維新ふるさと館は篤姫の部屋や衣装の展示と維新体感ホールもあり見所一杯で、鹿児島の旅を楽しまれた事と思います。食事は極上牛トロにぎりや地元の焼酎は美味しそうです。
華の熟年
2018/01/15 10:45
私も大久保利通の方が好きです高く評価しているのですが、でも一般的には西郷どんの方が圧倒的人気でしょうね。
さすがに維新〜明治の功労者が多い土地ですよね。
降魔成道
2018/01/15 19:24
無門さん、コメント有難うございます。

そうですね、私も日本の端っこに来たなという感覚がありました。それでも、鹿児島のエネルギーと魅力を感じましたよ。
ミクミティ
2018/01/15 21:07
はるるさん、コメント有難うございます。

私も鹿児島へ行ったのは薩摩藩の歴史に触れたかったから。少しでもそんな様子をブログに書きたいなと思いました。
鹿児島のグルメ、まだまだありますよ。
ミクミティ
2018/01/15 21:10
ゆうさん、コメント有難うございます。

鹿児島では、圧倒的に西郷隆盛の方が大久保利通より人気がありますよ。正直、その落差が激しくて。
そんな空気を自分の肌で感じられた旅でした。
ミクミティ
2018/01/15 21:14
かるきち、コメント有難うございます。

幕末明治維新が苦手ですか。確かに15年位の期間にかなり複雑な歴史が詰め込まれています。だからこそ面白いのですが。
時間があったら、大河ドラマ「西郷どん」を見て鹿児島の風景や人間模様を楽しめたらいいですね。
鹿児島の食事は美味しいですよ。
ミクミティ
2018/01/15 21:19
nobaraさん、たっぷりとコメント有難うございます。

私も大河ドラマやテレビで鹿児島が最近取り上げられると、夢中になって見ています。旅行に行っただけでこれだけ楽しんでいるのですから、地元出身の方にはたまりませんよね。
鹿児島弁のメッセージも暖かく感じます。ただ私が旅行中は、鹿児島弁を話している人に出会わなかったなと冷静に思い出す自分がいます。
ミクミティ
2018/01/15 21:24
うふふさん、コメント有難うございます。

そうですね、明治時代は基本的に薩長政治。薩摩出身の人が出世したのは確かですが、実力や能力の高かった人も多かったのだと思います。
鹿児島ラーメン、美味しかったですよ。何軒もありました。
ミクミティ
2018/01/15 21:28
みっちゃんさん、たっぷりとコメント有難うございます。

鹿児島には思い出が沢山ありそうですね。
とても懐かしいでしょうね。今また、大河ドラマ効果で地元は盛り上がっています。今後ますますだと思います。
高麗町もよくご存じなのですね。
鹿児島ラーメンは美味しく頂きました。
天文館のグルメも味わいましたよ。またの機会に記事にできたらと思っています。
ミクミティ
2018/01/15 21:33
華の熟年さん、コメント有難うございます。

私も大河ドラマ「西郷どん」をワクワクしながら観ています。旅行のいい思い出が湧き上がります。
もちろん、薩摩藩の歴史に触れることができたのも嬉しいことでした。
鹿児島には美味しいものが多いですね〜。
ミクミティ
2018/01/15 21:36
降魔成道さん、コメント有難うございます。

そうですか、私も歴史の英雄が好きですが(もちろん、西郷隆盛も)、大久保利通も偉大な人物ですよね。それでも鹿児島ではかなり不人気のようです。
彼らのふるさとを散策すると不思議な思いを感じました。本当に近所同士だったのですね。
ミクミティ
2018/01/15 21:40
こんばんは!
「維新ふるさとの道」を散策すると、当時の熱い想いが伝わってくるようですね〜☆
下級武士の家からは、暮らしの雰囲気がしっかり伝わってきて、質素な中に気概の感じられる建物だなぁ〜と、興味がわいてきました。
それにしても、一瞬マグロのトロのお寿司かと思えば、なんと牛トロだったとは…おいしそう〜♪良い旅ですね〜☆
komichi
2018/01/15 21:55
もう27年も前になりますが、妹の結婚式が宮崎で行われるので前日に父の田舎である鹿児島に久しぶりに行き、それが最後です。
ほとんど観光気分で薩摩切子にうっとりし、資料館にも行った気がします。
江戸、京都から遠く離れ独自の文化を育てていたんでしょうね。
因みにふるさと納税でイモ焼酎、さつま揚げ、ポンカンを頼みました
コマダム
2018/01/15 22:14
武蔵の住むエリヤは
狭かったのでしょうか
ビッネームが近所で驚きました
詳しい解説で薩摩の歴史
色々わかり良かったです
鹿児島ラーメンに極上牛トロにぎり
美味しそうでたまりません
ジュン
2018/01/16 13:38
komichiさん、コメント有難うございます。

そうですね、ここから歴史を大きく動かした人物が多く育ったかと思うと散策して感慨がありました。その面影は少ないですが、史跡や資料館が整備されているのはいいことだと思います。
牛トロににぎり、非常に久しぶりに食べました。記念ですね。
ミクミティ
2018/01/16 21:51
コマダムさん、コメント有難うございます。

そうですか、鹿児島の血が流れているのですね。確かにいいところだと思いました。観光も歴史散策もグルメも。
今は、ふるさと納税で馴染みのある土地の美味しい産物を得られるのはいいですね。
ミクミティ
2018/01/16 21:56
ジュンさん、コメント有難うございます。

鹿児島市の加治屋町を訪れると、明治維新の英雄がかつて近所に暮らしていたんだなという実感が得られます。今は、商業住宅地なのですが。
鹿児島のグルメ、美味しいですね。まだまだありますよ。
ミクミティ
2018/01/16 22:02
南州橋ってやっぱり西郷隆盛から付けられた名前ですか?
ちょっと気になります。
幕末の頃の薩摩藩は財政難を斉彬公の手腕で脱却出来たと聞きます。
それ故 質素な生活させていた下級武士たちにも色んな意見を言う機会を与えていたんじゃないかな…ッと思ってみたり。
知ってる名がほぼ同じ場所で切磋琢磨してたのが見えてくるようでした。
おーちゃん
2018/01/26 07:47
おーちゃんさん、コメント有難うございます。

南洲橋は西郷隆盛にちなんだ名前でしょうね。
幕末の薩摩の財政難はかなり深刻だったみたいですね。それを調所広郷が様々な手を使い立て直した。その恩恵を斉彬は受けたと思います。下級武士たちの台頭は、薩摩藩の教育制度が非常に上手く機能していた結果なのかと思ったりします。彼らのエネルギーを藩幹部も無視できなくなったのでしょう。実際はどうだったのでしょうかね。
ミクミティ
2018/01/26 22:25

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