「歴史の旅&外出」の記録

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zoom RSS 高野山を下って、慈尊院と真田庵

<<   作成日時 : 2013/08/31 18:11   >>

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数々の見所と神聖な場所を訪れて下山した高野山。降りてもなお、訪れてみたかった所がありました。それは、麓の九度山(くどやま)町にあります。

まずは、慈尊院(じそんいん)

昨年(平成24年)修復を終えた多宝塔が門から顔を覗かせます。
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江戸時代に初期の寛永年間に再建されたもの。

この慈尊院は、弘法大使(空海)が高野山を開いた時、その麓にあたる参詣の要所として高野山の寺務所を置いた場所。山に登る玄関口だったそうです。

だから、このお寺も世界遺産の一部なんですね。
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また、高野山は女人禁制でありましたが、この慈尊院は女人が高野山への参りを行った場所だったので、女人高野(にょにんこうや)と呼ばれていました。

更に、ここは弘法大師の高齢の母公が高野山を一目見ようと滞在した所でもあります。そこで、母公の霊弥勒菩薩像を祀った廟堂が建立されたそうです。

こちらが、御本尊の弥勒菩薩像を祀った弥勒堂(みろくどう)。弥勒菩薩像は国宝。弥勒堂は重要文化財です。
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今でも、子宝、安産、育児、授乳、良縁などを願う女性の参拝者が多く訪れるお寺として有名で、このような乳房の形をした絵馬でも知られています。現在では乳癌平癒も祈願されているんですね。
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九度山という地名も、空海が月に9度は高野山から下ってきて母公に会いに来ていたことから名付けられたなんて、今回初めて知りました。

慈尊院を取り囲む風情のある土塀も、いまは和歌山県指定の文化財。
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更に、この慈尊院の境内にある階段を登ったところにあるのが、丹生官省符神社(にうかんしょうぶじんじゃ)。
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こちらも弘仁7年(816年)、高野山開創の年、弘法大師(空海)によって創建されたお社。
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こんなふうな大きな絵馬が飾ってあって、空海が気高い漁師が従えていた白と黒の2頭の犬によって高野山へ導かれた、という伝説を現わしています。
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ここ慈尊院丹生神社は、歴史的に約21キロ先の高野山への山道(高野山町石道)登り口であり、下山時の終着点でもあったのです。

歴代の天皇法皇関白・公家将軍や武将達をはじめ、数知れない一般庶民が高野山へ参詣するのにここを通っていったかと思うと、長い歴史を変遷を感じてしまいます



さて、ここの九度山には、もう一つ是非とも訪れたい場所がありまして

それが、真田庵(さなだあん)と呼ばれる、善名称院(ぜんみょうしょういん)というお寺。
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ここはあの信州上田の戦国武将、真田昌幸(まさゆき)幸村(ゆきむら)が関ヶ原の合戦の後に暮らしていた所。つまり、真田屋敷跡に建てられたお寺のなのです。
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西軍についた真田父子は、高野山に流されたのですが、実際は麓の九度山の屋敷に蟄居させられていたのです。

慶長16年(1611年)、真田昌幸公はここで亡くなり、真田地主大権現として境内に祀られています。左隣には法塔が建てられ墓所となっています。
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そして、次男の幸村にとっては、関が原後の再起を思いながら14年間を過ごした場所

境内には、雷封じの井と呼ばれる、幸村が真田屋敷に落ちた雷を取り押さえて井戸に封じ込め里人の難を救ったという伝説の井戸が残っています。
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真田幸村は、慶長19年(1614年)にここを抜けだし大阪城へ入城したのです。そして、大阪冬の陣へ参戦。

今ではそんな面影を探すのは難しく、普通の小さなお寺のようにも思えます。

ただ、こんな御紋が残っていると、かつての真田屋敷だった頃へ思いを馳せたくなります。
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一昨年、長野県の上田を旅して以来、高野山の麓にあるここ九度山の真田庵に是非行ってみたかったのです。

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最後に、この真田庵のすぐ隣にこんな所があって。

それは、信州蕎麦の店、そば処「幸村庵」

この名前と、門構え。最近できたお蕎麦屋さんと分かっていながらも入りたくなる。
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実際には、平成22年(2010年)秋のオープン。

丁度、お昼過ぎごろにこちらで食事をしました。

店の中には、真っ赤な六文銭(ろくもんせん)をあしらった座布団が鮮やか
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かつての真田屋敷のあった場所にいるんだという雰囲気を盛り上げます。

そして、このような鎧兜を見ながら、友人達と歴史談義をして「紀州九度山真田そば」を堪能しました。
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私が食べたのは、つけ鴨そばでした。
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思わず長くなってしまいました、私の高野山シリーズは(今回は)これにて終了です。

第一話: 「高野山の宿坊に泊まって」(恵光院)
第二話: 「高野山の壇上伽藍を歩く 」
第三話: 「高野山金剛峯寺とその周辺 」(こうやくん・グッズも)
第四話: 「高野山「奥の院」に圧倒され 」
第五話: 「高野山 徳川家霊台の静けさ 」
第六話: 「高野山を下って、慈尊院と真田庵」(九度山)





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コメント(34件)

内 容 ニックネーム/日時
高野山シリーズ、楽しませてもらいました それに内容が濃かったですね〜
昔から変わらず残っているものと、様子が変わってしまったもの、でもそれぞれ歴史の舞台であることには変わらない訳で、そういう場所を旅するのはワクワクして楽しいですよね。
ジャカランダ
2013/08/31 19:11
女人高野と言われる由縁のものがたくさんあって、なるほど!という感じでした。大きな絵馬にもびっくり!そして、真田氏所縁でもあったのですね。いつもながら、歴史と一緒にわかりやすくまとめているのに、すごいなぁって思います。^ ^ありがとうございました。
かるきち
2013/08/31 20:11
こんばんは

九度山の地名の由来を初めて知りました。
高野山から月に9回も母公に会いに
下って来ていたなんて、時代は変わってもいつの時代も親子の絆は強いものですね。
今まで色々な絵馬を見てきましたが、乳房が付いた絵馬は初めてです。(肉まんにも見えますが)真田庵の歴史も奥が深く興味深く読まさせて頂きました。
こういった歴史の足跡をたどる旅は楽しいですね、分かり易い説明とお写真で楽しませて頂きましたょ(*^_^*)ありがとうございます。
だるま
2013/08/31 22:06
こんばんは。
行ったことがないので拝見する度に感心して見せていただきました。最後に真田幸村が出てくるとは思ってもいませんでした。そうですよね、もう一昨年にもなりましたですか真田祭りにお出でになられていらっしゃいましたですね。
今回は高野山、親父が若いころ修行に行っていたことで特別な思いで拝見させていただきました。ありがとうございました。
HT
2013/08/31 22:15
ジャカランダさん、早速のコメント有難うございます。

私の拙い高野山シリーズの記事をお褒め頂き嬉しいです。本当にこれ程歴史が集積された見所の多い所とは思わず、正直圧倒されてしまったというのが印象です。
また、いつかもう少し年をとってから訪ねてみたいと思っています。おそらく高野山も少しずつ変化しているのは間違いないと思います
ミクミティ
2013/08/31 23:14
かるきちさん、早速のコメント有難うございます。

褒めて頂き恐縮です。ここまで長く高野山を取り上げるとは思っていませんでした。私の想像をはるかに超える深さをもった歴史と宗教の都市でした。
高野山を下っても女人高野や真田庵、見所は沢山あります
ミクミティ
2013/08/31 23:18
だるまさん、早速のコメント有難うございます。

実は私も九度山の由来は今回初めて知りました。やはり訪れて初めて知るということは色々あります。
女人高野もその歴史を辿るとその積み重ねに圧倒されます。そして、こんな近い所に真田屋敷があったなんて。戦国歴史ロマンも感じさせるところです。
記事や写真を褒めて頂き嬉しいです
ミクミティ
2013/08/31 23:21
HTさん、お疲れのところコメント有難うございます。

そうなんです、一昨年に信州上田に訪れた時にいつか高野山の九度山に行こうと決めてから、今回それが実現しました。
戦国の英雄、真田幸村が晩年14年間も暮らした風景を少しでも味わえてよかったです
ミクミティ
2013/08/31 23:25
おはようございます。
女人高野と九度山の由来よく分かりました。何時もながらに親切、明快な解説には頭が下がります。そしてここに真田父子が蟄居していた事は意外でした。九度山と真田の関わり、これも知見が増えました、何時も為になる記事、ありがとうございます。
毎日日曜人
2013/09/01 07:58
“一昨年、長野県の上田を旅して以来、高野山の麓にあるここ九度山の真田庵に是非行ってみたかったのです”、この件を読んでなるほどと思いました。次々と関心がつながり、広がっていくのですね。私は歴史ではこのつながりがなく、まだ関心も薄いのですが、花については若干あります。
今回もいい勉強になりました。
茜雲
2013/09/01 08:07
高野山にはいろんな話があるのですね。
それぞれの話に歴史があって深い感じがします。
さすがに、世界遺産ですね。
ゆう
2013/09/01 08:48
ここにお伺いし高野山一連の旅を拝見して、何だか宿題を終えた様なホッとした達成感を覚えたのは私だけでしょうか。
素晴らしい大人の夏休みでしたね。
そうそう鴨汁も美味いですが、私はネズミ大根の辛ら〜いおろし汁にチョッとだけそばつゆを入れて時間を掛けずにたぐるのが好きなんです。まったくっ ねぇ〜っ!^^
お陰様でホッとし癒されました。元気になれそうです。
有り難う。
baisa
2013/09/01 09:56
今日は…雨が落ちて来ました。
不安定なお天気です。
九度山…静かなまちでしょう・この名前を知ったのは、
有吉佐和子の小説のドラマ化でした。
半世紀近くになりますが・・・強く印象に残っています。
弥勒堂へお参りする主人公のことも…

そば処「幸村庵」の真っ赤な六文銭をあしらった座布団・
家紋にお尻を置くのがためらいそう!
やろい
2013/09/01 10:27
女人高野の由来、
ゆかしいものがありますね。
九度山の地名にも、そんないわれが
あったかと感心しました。
真田幸村の蟄居させられた屋敷が、
寺として残っているのも驚きでした。
yasuhiko
2013/09/01 12:14
慈尊院は雰囲気の良さに私も立ち寄りましたが、
真田庵は訪れていませんので、とても参考になりました。
高野山には長い歴史の中の様々な人々の濃厚な生涯も感じられ、奥の深い場所ですね。。
ミクミティさんの丁寧な解説に頷きながら読みました。
komichi
2013/09/01 13:29
毎日日曜人さん、いつもコメント有難うございます。

いつも為になる記事と言われると、非常に照れくさいです。お褒め頂き本当に嬉しいです
九度山の由来は私も今回初めて知りました。私はかつてから真田庵へ行ってみたくても。もちろん、一緒に旅した友人達も。ここでお蕎麦を食べたことはずっと思い出に残ると思います
ミクミティ
2013/09/01 13:41
ゆうさん、いつもコメント有難うございます。

高野山はやっぱり想像を絶する歴史と信仰の奥深さを感じました
この慈尊院もまさに世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に含まれるんだなと感じました。
ミクミティ
2013/09/01 13:44
茜雲さん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、歴史は限りなく繋がっていますから、ある場所へ行くともっと見たくなる、そして別の場所も行ってみたくなるということが多いです
私は花も好きですが、まだまだ名前や種類に詳しいというところまでは行けませんね。そのうち、徐々にと思っています
ミクミティ
2013/09/01 13:48
baisaさん、いつもコメント有難うございます。

「素晴らしい大人の夏休み」と言って頂くと私も満足感が込み上がてきます
高野山はあまりに奥が深くて私がブログで触れられたのはほんの表面的なものだけ。それでも、ここまで書けたのは良かったと思っています。
紀州で美味しい信州蕎麦を食べられるとは思っていませんでした。今は「紀州九度山真田そば」といいますが
ミクミティ
2013/09/01 14:06
慈尊院にもおいでになりましたか。真田庵ヘも、。ミクミティさんの歴史好きは本物ですね。信州上田を旅した時からここを訪ねたいと思っていたなんて。
高野山へのぼる道に町石道というのがあります。一町ごとに高野山への距離を示した石碑が立っています。その町石道の起点が慈尊院です。
素晴らしい夏の旅をされましたね。
ポン太
2013/09/01 14:13
やろいさん、いつもコメント有難うございます。

さすが、やろいさん、慈尊院は有吉佐和子さんの小説「紀ノ川」の舞台になったところ。そのことを説明したパネルがありました。私もいつか読んでみようかなと思っています。
そば処「幸村庵」の真っ赤な六文銭の座布団、私も同様の感想を持ちました。しっかり写真を撮ってから、ゆっくりと座りました。座らない訳にはいきませんからね
ミクミティ
2013/09/01 14:16
yasuhikoさん、いつもコメント有難うございます。

高野山は真言密教の聖地。その高野山へ参詣するのも人生の中で大きな行事だったのだと思います。だからその麓にも様々な歴史が残っているのですね。
九度山の真田庵は、真田幸村が晩年の14年間を過ごした場所。数々の歴史本やドラマの舞台となりました。行ってみたかったのです
ミクミティ
2013/09/01 14:20
komichiさん、いつもコメント有難うございます。

九度山は、高野山ほど観光・参拝客が多くはありません。それでも、かつて高野山を目指してまずこの地に来た人が数知れずいたわけで、凄い歴史を持っているなと実感した次第です
今でも、歩いて高野山を参詣する人はここへお参りするのですよね。素晴らしいことだと思います。
真田庵はそんなすぐ近くにあって、ここで幸村はずっと志を捨てずに頑張っていたんだ、なんて思いを馳せました
ミクミティ
2013/09/01 14:34
ポン太さん、いつもコメント有難うございます。

以前、信州上田に旅したメンバーで今回の高野山も訪れました。ここ真田庵ははずせない場所でした。
ポン太さんのおっしゃる通り、慈尊院は高野山へ参詣する町石道の始まり。ここで石碑の写真は撮れなかったのです。今でも石道を歩いて参詣する方々には本当に頭が下がります
ミクミティ
2013/09/01 14:57
こんばんは!
女人高野や九度山のお話、興味深く拝見しました。
空海といえども当時は男尊女卑の習慣を変えることはできんかったのですね。
お母さまは、空海が山から下りて会いに来るのを待ち兼ねていたのではないかと想像して、胸がきゅんとなりました。
真田幸村親子は流されたのではなかったのですね。
どんな思いでここに蟄居していたのでしょう。
跡地がお寺になって、今は心穏やかに眠っているでしょうか。
高野山のお話、毎回楽しみに拝見していました。
長い記事をお書きになって本当にお疲れ様でした。
うふふ
2013/09/01 20:54
うふふさん、いつもコメント有難うございます。

ねぎらいのお言葉をかけて頂き恐縮です。
厳しい修業の場であり山を登らなくてはならない高野山。やはり、全ての人が行ける場所ではなかったのでしょうね。私も今回九度山の由来を知って驚きました。思ったよりも頻繁に降りてきていたんだという印象を持ちました

真田父子は基本的には高野山に流されてきたのですが、やはり婦女がいたため、高野山の上には住めなかったとも言われています。いつかは再起を図りたいと思っていたでしょうね。
そんな九度山は高野山を下ってからレンタカーで行ったのですよ
ミクミティ
2013/09/01 21:18
こんばんは。
大作お疲れ様、そして有難うございました。
なかなか自らこんな知識を得ることはありません。
女人高野ってこういうことだったんですね。
ふと六文銭の御紋は勝手に使っていいのかななんて思ってしまいました。
tami
2013/09/02 20:54
tamiさん、いつもコメント有難うございます。

いえいえ、自分でも新たに知ったことや思ったことをまとめているんですよ。ブログに書くと少しは覚えておけるんで、、、
六文銭に限らず御紋にはトレードマークや登録商標はないと思います。でも勝手に使われるのも気持ち悪いでしょうね。「幸村庵」は観光に振興にもなるので九度山町の公認のそば処のようです
ミクミティ
2013/09/02 21:11
こんばんは。
ロボットは、女人高野と聞くと室生寺が頭に浮かぶ程度ですので、新鮮な感覚で興味深く拝見させて頂きました。
六文銭の座布団に腰を据えて、鎧兜を見ながら「紀州九度山真田そば」を食べ、友人達と歴史談義で旅を締めくくれるなんて、ミクミティさんにとって至福の極みと察しました。
ロボット
2013/09/02 22:09
ロボットさん、いつもコメント有難うございます。

そうですね、女人高野というと室生寺が有名ですよね。ただ高野山の麓にある女人高野はここ慈尊院です。結縁寺という別名もあります。
真田庵はそれ程多くの見所があるわけではないです。だからこそ、その隣にある幸村庵でかつての真田屋敷のことを想像しながら食べる蕎麦は美味しかったです。丁度、お腹が減っていましたし
ミクミティ
2013/09/03 21:20
こんにちは。
女人高野は聞いたことがありますが、こういう事だったのですね。
六文銭、木彫りのようで珍しいです。
お蔭様で奥深い高野山のことを勉強させて戴きました!
最後の「思わず長くなってしましました」は蕎麦にかけたおちでしょうか?
みっちゃん
2013/09/04 14:46
みっちゃんさん、いつもコメント有難うございます。

私も高野山への訪問で新たなことを知り、その懐の深い歴史の一端に触れることができました。更に真田幸村の晩年の地も見ることができて満足感がありました
思わず長くなった蕎麦 いやいや、そんな高等な「おち」は狙っていないですよ。それに気付く、みっちゃんがさすがですね
ミクミティ
2013/09/04 18:32
こんばんわ九度山町にきていただいてありがとうございます(^^)、高野山だけではなく、物足りないとはおもいますが、こんなにステキ
な記事ありがとうございます、もっと良い所をつたえようと頑張ってます

こんないい記事ありがとうございます(^^)
ショウ
URL
2015/04/16 03:51
ショウさん、コメント大変有難うございます。

私にとって、高野山と九度山、更に和歌山旅行はとても充実していていい思い出になっています。またいずれ訪ねてみたいと思っています。
記事を褒めて頂き、こちらこそ大変嬉しいです。
もちろん、来年の大河ドラマ『真田丸』も楽しみです。
九度山町も注目を浴びるでしょうね。
ミクミティ
2015/04/16 22:00

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高野山を下って、慈尊院と真田庵 「歴史の旅&外出」の記録/BIGLOBEウェブリブログ
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